xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

神話の世界 : 古いものほど、実は新しい ~当初の説話とは似ても似つかぬ、創作の世界・・・の巻~

「古いものほど新しい

 

陳舜臣さんによる

「加上説」に関する有名なお言葉。

 

 

史学における説話

国家形成の過程で、より古い時代に説話の起源を求め、徐々に、しかし継続して様々な話が加えられていき、意図的に複雑さを増していくものである、というのが加上説の基本的な考え方。

 

 

つまり・・・

古い神々ほど、後世の手が加わり、創設当初の説話の内容とは大きく異なる(※モノによっては、ほとんどが後世の創作と考えるべきほど、当初の説話とは関連性が無い)ことがみられる傾向があるというわけ。

 

 

特に顕著に現れるのが、戦争や政局により主流派となった氏族が、敗北した(殺されたり、中央政府から排除された)氏族が祭っていた神々の説話を組み入れるケースだとも。

 

 

古代はヤマトの域内ですら、様々な有力氏族が多数並存していたわけですが・・・

 

本州・九州・四国を統一していく過程で

 「国家」

という意識が芽生え、藤原氏を中核とする氏族の序列と他氏族の排除を継続して行われた結果、過去の説話も

 『現状に合致するように意図的に調整』

された可能性は否定できません。

 

 

日本神話で最初に生まれた(登場した)神は、宇宙神ともいうべき

天之御中主神」(あめのみなかぬしのかみ)

これは中国思想の影響を受けて誕生した、後世の創作。

 

 

つまり・・・

一番古いとされる始祖神ほど、実は新しく創設あるいは変更や調整を経たものってこと。

 

 

古代、東アジアにおいて文化的・軍事的・政治的中心となっていた中国でも、事情は変わらないといいいます。

 

中国神話では

 

(1)天地開闢のとき ⇒ 盤古

(2)その後     ⇒ 三皇五帝

ーーーーーー(以下、歴史時代)------

(3)最古の王朝「夏」

(4)夏を倒した「殷」

(5)殷を倒した「周」

 

という歴史的流れが一般的に流布されていますが、中国史学会でも、

 

・周代における最古の人  ⇒ 禹

春秋時代に追加された人 ⇒ 堯・舜

・戦国時代に追加された人 ⇒ 黄帝・神農

・秦代に追加された神   ⇒ 三皇

・漢代以降に追加された神 ⇒ 盤古

 

が加えられたものとする学派があるとのこと。

 

 

脇道にそれちゃうんですが、古本屋さんで見つけた陳さんの

「小説十八史略

とても面白かったです。

 

 

山川出版の世界史(つまり教科書)と参考書ぐらいでしか知らなかった中国の歴史について、その概略を押さえられたし、中国の偉大さに触れることができましたぞ。

 

 


て。。。

 

 


実は・・・

今回書いてみたいな

って思ったのが、旧約聖書の「創世記」における「神」のお話。

 


この話は結構有名なので知っている方も少なくないと思います。

「創世記」に登場する「神」には異なる名前で書かれていることを。

 

 

全知全能なる唯一神を、唯一絶対のものとして信奉する一神教聖典であるのに、異なる名前の神が登場するというのは、如何にも奇妙なことではございませんか。

 

 

第1章に登場する神の名は「エロヒーム」(しかも複数形)

続く2章に登場する神の名は「ヤハウェ

 

 

創世記の内容は、いろいろな資料をごちゃ混ぜにして創り上げたものらしいのです。
もともとは第2章部分の失楽園伝説が先にあり、その後に第1章部分の天地創造伝説が付け加えられたのだとか。

 

 

確かに、同じ創世記ではあっても、第1章の世界観と第2章の世界観では、その描き出す色彩が異なる気がします。
第1章部分の物語は彩豊かな原色の世界であり、第2章部分は陰鬱なモノクロの世界。

 

 

バビロン捕囚の後、複数の資料が更に追加され、現在の創世記の姿になったのだとか・・・

 

断定的に書けないのは、未だに複数の学説が対立しており、定説と呼べるものがないため。

最近では、第1章も第2章もバビロン捕囚後に創作されたものという説の方が有力らしいんです。

 


一番古いとされていた部分は

    実は一番新しい

 

というは、神話の世界ではもうお決まりのパターン。

 

 


だ。。。

 

 

 

なぜ、創世記をまとめる段になって、「神」の名を統一しなかったのでしょう。

アザゼルは・・・

まとめようにもヤハウェ派の勢力とエローヒム派の勢力が存在し、どちらも譲歩しなかったからなんじゃないかと考えています。

 

 

神話をまとめるのって、結構、政治の世界に似ています。

 「妥協」

の産物として生み出す方法論が採用されやすいのではないかと。

 

 

日本書紀でも、古い時期の物語ほど別書だらけで、天地開闢の際に最初に現れたという造化三神ですら、実はバラバラ。

古事記が、「天之御中主神」 を主神として、「高御産巣日神」と「神産巣日神」のみを挙げている。

一方、日本書紀では「天常立尊」、「国常立尊」、「国狭槌尊」、「豊斟渟尊」、更には「豊国主尊」や「可美葦芽彦舅尊」等まで候補(笑)に挙がっています。

 


これじゃあ、どっかの共産党の常任政治局員、政治局員、政治局員候補みたいなもの?
面倒だから、どれでもイイよ!って投げ出しちゃっている感が面白いですよね。

 

 

先に挙げた主神であるはずの「天之御中主神」自体、中国神話からの強い影響を受けて


「日本にだって

  世界を主宰する根源神ぐらいいるだモン!」


って、子供みたいな負けず嫌いから創作されたとの説すらあるんだとか。

くまモンみたい (* ´艸`)クスクス )

 


神話では最も最初に現れたとされる主神たる神が、実は一番新しく創作された神でしたという、何とも人間らしい営みの成果といえるかもしれません。

 

こんなことをツラツラと書いてきたのは、妥協の産物としか言いようのない神話に登場してくる「神」など、人間の創造物であることを証明していることになるのではないかともいえるように思ったから。

 

 

神が人間(宗教上の聖人)に神の言葉を書き取らせたものが聖典というのなら、自分の名前を間違えるような記憶障害を患っている神の言葉など、果たして信じるだけの価値があるのでしょうか?

 

 


いいながら。。。

 

 


聖典に記載された「神」の言葉に魅了されているのも事実。
一番割り切れていないのは、実はアザゼル自身だったりするんです。