xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

アザゼル、クンダリニーヨーガに挑戦してみた ~「あなた、体が硬いねぇ~」 うるさぁぁああい!!二度とヨーガなんかやるもんかの巻~

 

 

 

人間という種は、生きている間、己に根付く本性という呪縛から解き放たれることはない。

にもかかわらず、 本性そのものに立ち返ることもできない。

 

悟り、あるいは、解脱

本当にできるのかしら?

 

心身脱落や大悟を得るという、有難い方法((* ´艸`)クスクス)が講習や書籍で身に付くんだそうですが・・・

引き寄せの法則レベルの根拠の薄いものばかり。

 

結局のところ

 悟り、あるいは、解脱

それは精神的「苦」からの解放でしょう。


 
生きること自体に意味を求めるのか。

耐えること自体に意味を求めるのか。

 

 

それだけでも、解放されるべき「苦」への焦点が全く異なってしまいます。

焦点を正しく捉えないと、修行なんて何の意味もございません。

 

 

特に胡散臭いとしか思えないのは

「悟りの境地」
なんてモノが存在しているという前提を置かなければ

議論の価値もないほど薄っぺらな考えでしかないこと。

 

 

インドで修業を敢行し、現地の著名なグルの下で究極の解脱(注:非二元(ノン・デュアリティ)と呼ばれる、己と宇宙とが一体であることを感得すること)に達したと公言していた日本人のグルがいたそうな。

ところが、その10年後、自宅でガス爆発があり、即死。

 

 

これのドコに『絶対幸福』なんてモノがあるというのでしょう?

コレのどこに『完全なる自己』なんてモノがあるというのでしょう?

 

 

はぁ???

 

悟りや解脱なんて

己と宇宙が一体となったと、脳内で思い込ませただけじゃん!!

そのために、どれだけのおカネと労力を費やしたのかを考えれば、言葉を巧まずしていえば、余りにもおバカ過ぎなのではないかしら。

 

 

究極の解脱をした云々するんなら、空でも飛んでみなさいよ。

未だに死刑になっていない麻原某は、出鱈目な写真をバラまいただけだったみたいだけれど・・・

 

 

じゃあ、なんでクンダリーニ・ヨガなんかやっているのですって?

もちろん将来、教祖となって、怪しげな教団を立ち上げて、信者から根こそぎおカネを寄付させて

豪勢な酒池肉林の日々を送る

ために、決まってんじゃん!!

 

 

ウソです。

本当にウソです。

純度100%のウソです。

 

(m´・ω・`)m ゴメン…

 

 

単に興味があっただけなんです。

でも・・・

もうやらないと思います。

 

(´・ω・`)ショボーン