xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

ジャン・ジュネ「泥棒日記」を読み返す ~大島渚監督の映画「新宿泥棒日記」を観ていたら、何故だか無性に読みたくなったの巻~

泥棒日記 (新潮文庫)

 

 

斯様な場末のブログに訪問される数寄者の皆様

 「ジャン・ジュネ

というお名前をご存知かしら?

 

 

ちなみに「泥棒日記」で検索して・・・

間違えて、こちらを買わないようにね・・・

泥棒日記 火消し半纏調 デニムシャツ 和柄シャツ/D14556-ネイビー-XL

(ゼン) 禅 禅×泥棒日記 手描き半袖Tシャツ「暖簾桜」 パープル M

それでも買っちゃうアホなヒト 剛毅な方

アザゼルが頭をナデナデしてあげましょう。

 

 (* ´艸`)クスクス

 

 

もし・・・

彼の作品を少なくとも1冊は読んだことという方が、私の読者で2人いらっしゃったら、素直に「奇跡」というものを信じます。

文学史に名を刻む方ではございますが、日本で著名であると申せるような方ではございませんもの。

 

 

かくいうアザゼルも暫く・・・

この名前を脳裏の片隅からも忘れ去っておりました。

 

 

 

ね。。。

 

 

 

アザゼルは、ATG(日本アート・シアター・ギルドの略。92年に活動停止。)が配給した映画が大好きなんです。

今回は、こちらの映画を観ておりました。

 

新宿泥棒日記 [DVD]

 

故・大島渚監督の「新宿泥棒日記

主演は横尾忠則さん。

 

http://movieigo.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2013/01/19/nagisaoshima010.jpg

 

 

ATG配給の映画(ただし80年代以降の作品を除く。)は

いわゆる商業映画とは明らかに一線を画した実験映画・藝術映画が多く

「商業映画がつまらない」

と感じたとき、アザゼルにとっての清涼剤になっています。

 

 

ちなみに・・・

大島渚監督、映画上映の無断打ち切りでもめて松竹を退社。

その後、ご自身が中心となって設立した「創造社」時代の作品が好き。

 

 

ただ、実験映画が大衆受けするわけもなく、評論家からの評価は高くとも、基本的に売れなかったんです。

この映画を観ても分かるように、かなり観念的(=実験的)であるだけでなく、鑑賞者でしかないはずの観客に対して、知識や思想だけなく、その姿勢までも容赦なく問うてくるという挑戦的なところが垣間見えるのですから、致し方ないことかもしれません。

(実際、創造社は経営的に行き詰まりましたもの。)

 

 

なおアザゼルは、この「創造社」時代の大島渚監督作品は結構好きなんですが・・・

それ以前・それ以降の彼の作品は基本的に好きにはなれません。

 

 

例えば・・・

戦場のメリークリスマス

商業的には成功しましたが、実験的な要素も少なく、手堅い作りになっているだけに、私には物足りなさを感じざるを得ない・・・そんな風にも感じています。

(戦争映画の男色性の高い作品なんて、一体どれだけあるんだか・・・)

 

 

もっとも・・・

今となっては「新宿泥棒日記」って、敢えて観るほどの価値がある映画とも思えません。

大学時代、学園紛争に積極的に参加した方を除きますが。

 

 

「新宿泥棒日記

時代性にベットした作品であるが故に、現代での問題意識、もっといえば時代精神との乖離が甚だ大きいんです。

そのため、平成生まれのアザゼルでは、この映画が問いたかったはずの時代精神との「共犯関係」を築くことができません。

これが「当時」の時代背景を基礎にした実験映画の限界でしょう。

 

 

 

て。。。

 

 

 

今回取り上げた「ジャン・ジュネ

もう30年以上前、つまり、アザゼルが生まれるずっと前に物故者となった作家。

 

 

http://blog-imgs-36.fc2.com/b/i/g/bigakukenkyujo/20120331150307552.jpg

如何にも小悪党らしい風情が堪りませぬ。

 

 

1910年、パリ生まれ。

母の職業は売春婦。

父は・・・戸籍上、一応名前は上がっているらしいのですが、どうやら名前を借りただけのようで、本当の父親は分かっていません。

 

 

生後すぐに母に捨てられ、養父母のもとへ。

しかも、この養父母は、彼を望んで迎えたのではありません。

 

 

当時、フランス政府の政策により

補助金を支払うかわりに孤児を養育させる」

ということが行われており、田舎の貧困層家庭が補助金目当てに孤児を引き取ることが一般的に行われていたんです。

そのため、問題児はたらい回しにされた挙句、最後は感化院(少年院)送致。

 

 

彼は問題行動が一向に治らず、結果的に二度にわたり養父母が変わることに。

その原因は、彼の病的とも思える窃盗癖。

 

 

彼曰く、その理由というのが・・・

盗みを働いた現場を目撃した者から

 「泥棒!」

と叫ばれたとき、彼ははじめて

 自己の存在意義

すなわち至上の快感を味わったんだとか。

 

 

「泥棒」

という、生涯消すことのできぬ己の体に刻みこまれた烙印こそが、いわば彼にとってのレゾンデートルへと脳内で昇華されていったというわけ。

 

 

これは、彼の生い立ちや養育環境が大きくかかわっていたことが容易に想定できます。

斯様な環境下で育った彼が、「烙印」を「聖痕」へと昇華させたとき、再犯を繰り返すことは、もはや自明と申せましょう。

 

 

18歳で「少年院」を出たのち、外国人部隊に志願するも脱走(注:脱走は軍事法廷にて捌かれる重罪)。

フランス国内にいられない状態となり国外へ逃亡。

 

 

罪という犯罪に手を染めながら、欧州を流浪する日々。

この流浪癖は、生涯にわたり続くことに。

 

 

更に、おカネのためには自分の体を売るということまで。

そのためなのか、あるいは生来の性癖なのか、生涯、男性が大好きだったみたい。

 

 

そうそう・・・

日本でも、かつては犯罪者(暴力団員等)だった方が、作家に転身するケース、ございますよね。

彼のケースも、それに近いかもしれません。

 

 

いうまもなく、彼には学歴らしい学歴がありません。

あったのは、たった一つ。

神が与えたもうた、驚異的な「文才」

 

 

大学で文学系の学問をおさめるどころか、先ほど申し上げたとおり、まともに学校にすら行っていない彼。

そんな彼が、かのサルトルコクトーまで夢中にさせるほど華麗な文章を書けるのか、現在に至るまで「謎」とされています。

(日本の花村萬月さんのケースとは異なりますし、西村賢太さんのケースですら合致しません。)

 

 

 

さてさて。。。

 

 

 

彼の凄いところは、犯罪者(泥棒)という世間から与えられた「烙印」から逃げるのではなく、むしろ、あたかも聖者に神が与えたもうた「聖痕」であるかのように信じて書き続けたところにあるんです。

 

 

乞食同然の逃避行中、窃盗を重ね続けた彼。

当然、監獄送りとなるわけなんですが、彼は一向に罪悪感すら覚えない。

 

 

敢えて好んで最底辺の生活に身を置いたんです。

「罪」

は悔いるものではなく、自我を維持するために必要な糧である行為なのだから。

 

 

彼が犯罪行為から足を洗った・・・

とされているが30代も半ばになってから。

 

 

 放浪→乞食→窃盗→監獄→出獄

→放浪→乞食→窃盗→監獄→出獄

→放浪→乞食→・・・

 

 

ウロボロスを想起させるほどの永劫回帰

実際に乞食と成り果てる経験も数知れず。

 

 

そんな社会のクズとみなされたはずの男の趣味。

それが詩を書くこと。

誰から手ほどきを受けたのかは分かっていません。

 

 

しかも、この男。

例え嘲笑の対象になろうとも、一切妥協をしない頑固さも有していた。 

サルトルが彼のことを

「聖ジュネ」

とすら呼んだのは、その才能だけでなく、その姿勢にこそ、畏敬の念を持っていたからなのでしょう。

 

 

彼が刑務所という世間から隔絶された空間で詩を書き始めたことは象徴的。

「書く」

という行為は、大原則として密室での作業なのですから。

ここでいう「密室」は、いうまもでもなく観念上のもの。

 

 

密室から脱出するために書き続け、やっとの思いでカギを開けると・・・

そこには、また密室が続いている・・・

 

そう!

映画「キューブ」がみせた、終わりなき密室の世界。

 

キューブ (字幕版)

 

  あの低予算映画・・・

  最高でございました。

  映画は「予算」じゃないんですよね、「予算」じゃ。

  監督と脚本家がイモじゃ、ドーしようもございません。

 

 

 

話休題。。。

 

 

 

「書く」

その行為に際限というモノが存在しない。

そうなったとき、書き手の中で

 『生きる』

意味が倒錯することになります。

 

 

つまり・・・

「書いている」こと、それ自体が「生きている」ことを意味する。

逆に・・・

「書いていない」こと、それは「生きている実感を得られない」ことという風に。

 

 

「死んではいないが、それは生物学な死を迎えていないというだけ。

 ただ時間が経過するだけで、生きているという実感を得られない。」

 

 

この感覚こそが『日常』を意味することに気付くべきなのだと思うんです。

「終わりなき日常を生きる」

かつて一世を風靡したという、この言葉の意味を思い出す方もいらっしゃるんじゃないかしら?

 

 

文学が何ゆえに「生きる」こと、さもなくば「死ぬ」ことにテーマを見出すのか、もはや申し上げる必要もございますまい。

「ダラサラと日常を生きる」

それさえも、己の道程を高みから見据える必要に迫られるのですから。

 

 

 

かし。。。

 

 

 

もし、自分自身を風景の一部としてとらえたのなら、どうなるか?

ジュネが至った高みからみえたものは、己も風景の一部でしかなかった・・・

 

 

自身の眼で自分の全身を直接見ることは不可能です。

しかし、その不可能性は物理空間においては、という前提付き。

 

 

例えば、神のみ姿を直接見ることはできずとも、神を観念することは可能です。

それと同様、己の姿を風景の一部として倒置させて観念することは不可能ではありません。

 

http://livedoor.blogimg.jp/asternaru/imgs/4/d/4db6f195.jpg

 

 

ジュネの場合は、それが終始一貫して微動だにしなかった点が素晴らしいのです。

「それこそが正しい」と、特に道徳的な意味において申しているのではなく、その思想性(生きる価値があると信じること)とともに、その実践を行っていたことが素晴らしいのです。

 

 

ジュネにとって

「窃盗行為は、所詮は自分を含めた自然の風景の一部」

でしかない。

悔恨の情など微塵も感じさせるどころか、彼にとっては「密室で書く」ことと何らの差異も無いんです。

 

 

所有権の侵害は、所有権絶対の基本原則に反する行為(一般には民法違反)ではありますが、それは法学の世界においての話。

文学、ことに藝術領域においては窃盗という行為は、かならずしも犯罪行為にはならないことに注意を要します。

 

 

これは言葉を弄して幻惑させているのではなく、また比喩ですらもございません。

窃盗であろうが、殺人であろうが、論理空間の中にあっては、藝術と呼べる行為として成立し得るという『事実』を申し上げているだけでございます。

 

 

自分すらも風景の一つに過ぎぬと付き放した世界観の中にあっては

窃盗という世間が唾棄すべき行為すらも藝術だとみなされるんです。

 

 

 

。。。

 

 

 

泥棒日記』は、彼が世に問うたものの集大成。

実践する者にとって、行為すなわち己の存在証明なのですから。

 


実践する表現者は、自分以外から救済されてはならない。

実践にこそ生きる意味を有する者は、他者から解釈されることを許してはならない、

 

 

「愛されること」

それに背を向けてこその藝術。

それ以外に表現することによる救いなどあり得ません。

 

 

やがて救世主だと崇められたナザレのイエスは「隣人を愛せよ」と教えても

 

自身が救済されることも

他者から解釈されることも

特に権力者から愛されることも

すべて断固として拒否したのです。

 

 

この意味を、私たちは何度でも繰り返して思い起こすべきなのだと

アザゼルは思います。

 

 

拒否することもなく、ただ迎合するだけの存在が、救世主とは成り得ないこと

その意味を理解することなく、藝術を語ることなどできるとは・・・

とても思えないんです。