xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

非二元(ノン・デュアリティ)についての覚書(その1) ~「科学の領域」の外にこそ、本当の幸せが潜んでいるのかもしれないの巻~

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Have You Experienced Non Duality ? - HistoryDisclosure.com

 

 

「非二元」

ノン・デュアリティと英語(non duality)の読みで書かれている場合もあります。

 

 

この言葉、ネットで検索すれば、いろいろな解釈が書かれています。

でも注意してください。

 

 

言葉は、言語による自己完結型の閉じられた空間の中でしか機能しません。

 

言葉を用いて語ることができない空間の方が遥かに大きいことを理解していれば、「意識」の問題である非二元を言葉を用いて正しく記述することが不可能であることが、直感的に理解できるでしょう。

 

https://www.stillnessspeaks.com/wp-content/uploads/2016/09/940x720-stencil.doorway-consciousness.jpg

 www.stillnessspeaks.com

 

 

言葉で「非二元」を語れると考える方は、「非二元」のことを全く理解できていないと解釈して間違いありません。

 

この点は、仏典でも全く同様のことが書かれています。

 

 

「納得できない!」というのなら、非二元を体感(理解ではない)する前提であるはずの「意識」について定義してください。

 

過去、さまざまな学問の泰斗が挑みましたが、誰一人として達成できた方はいらっしゃいません。

 

 

 

て。。。

 

 

 

この世界

 一体・・・

  誰が何の目的をもって

   創造したのでしょう?

 

 

全ては偶然のなせる業であると考えることは容易です。

 

発見されていないものを含め、科学的に実証された法則こそが全てを動かすものであって、超次元の「神」など存在しないといえば解決なのですから。

 

 

でも・・・

 

「私とは、何か?」

「私のいる世界(宇宙)とは、何か?」

「私は、どこから来て、どこに行くのか?」

 

http://lucidmetta.files.wordpress.com/2013/01/542579_530120023682361_1636077539_n.jpg?w=292&h=272

nonduality and death – Center for Nondual Awareness

 

 

こういった根本的疑問には、科学は人類という種が絶滅するような将来に至っても、まともな答えは用意できません。

 

言い換えれば、足りぬことばかりに心を奪われがちな人間を救い、心を満たし、至上の幸せへと導くことが果たして科学にできるのか・・・

 

 

それができるのなら、科学は救世主となり得ます。

 

しかしそれは、すでに人類という種は不要、という結論を導く出すおそれが十二分にあることに注意が必要でしょう。 

 

どうして?

 

先ほど掲げたような根本的な問題を、非常に乱暴にまとめれば

 

「生きることに価値はあるのか?」

 

ということになるからなんです。

 

 

 

話休題。。。

 

 

 

 

科学の発展は、少なくとも先進国に住まう私たちに快適な生活を提供してくれました。

 

でも科学は、ほどほどの答えしか用意してくれません。

 

(多次元宇宙論のように検証不可能な仮説では、解決できたことには成り得ません。)

 

 

大学においても、科学の力を万能視する傾向がやや収まりつつあるように思います。

 

科学がいくら発展しようとも、解決することのできない根本的な問題が存在することを忘れないでください。

 

 

で・・・

 

この問題に挑むのが、非二元という考え方。

 

宇宙そのもの(例:宇宙意識)と自分たちが結びついており、実は不可分な存在である・・・とかナンとか

 

 (;^_^A

 

 

ちなみに・・・

 

注意したいのが、やたらと科学っぽいコトを語って信憑性を高めようと工夫しているサイト。

 

都合の良いところだけをピックアップする、疑似科学エセ科学)によくある手法です。

 

 

何度も申し上げますが・・・

 

量子力学や大脳生理学などを持ちだして、如何にも科学的裏付けがあるかのように解説しようとしても、その人間が学位(博士号)を得ていないのなら、信用するに値しません。

 

 

そもそも・・・

 

純粋な体感としてのヴィジョンを得ることって、科学の領域の外に向かおうとしているんです。

 

それを後講釈で分かったようなコトを述べられても、何の意味があるというのでしょう???

 

 

 

ね。。。

  

 

 

非二元を体験するといっても・・・

 

瞑想による幻視(ヴィジョン)を得て体感することが一般的に行われていますが、単なる瞑想で幻視を得るに致ることは非常に難しい。

 

 

そのため、米国では違法であると知りつつも、現在でもLSD(またはさらに強い幻覚剤)を用いて幻視を得る方法が密かに横行しているのだとか。

 

(補足)

カリフォルニア州住民投票大麻の使用が解禁された云々といった報道がございます。

が、そもそもLSDは解禁対象にもなっていません。

幻覚作用の強さ、常習性などを考えれば当然でしょうね。

 

 

LSD等の幻覚剤を用いて、容易にヴィジョンを得たいという願望がある方には魅力的なことでございましょう。

 

 

周りの壁も座っている椅子も無くなって自分という「個」の存在が無くなるという体験

 

幽体離脱して近くの公園の木々の上を飛び跳ねるさまを明確な映像とともに体験

 

 

まさに瞑想の極致とされる心境を、わずかな修行で簡単に出てきてしまうのですから。

 

 

今、そんな願望を持った方々が向かうのは、南米とインドだと聞いたことがございます。

 

 

もし飛行機嫌いのアザゼルが南米に向かったら・・・

 

「生きてるってサイコー!

 イヤオウぅぅぅううう!」

 

とかなって、夢遊病者のように、よだれを垂らしながらフラフラと南米の街をふらついて・・・

(確実にレイプされちゃうな・・・

 っ(´・ω・`)ショボーン

 

 

ちなみに南米(全部ではございません)ではキリスト教会で幻覚作用のある薬物の入った飲み物を信者に配るんだとか。

 

現地では合法とのことなので、手が後ろに回る心配もない・・・かもしれません。

 

 

まぁ・・・

アザゼルの情報なんて、この動画クラスの詐欺みたいなものですので、決して本気にはなさらぬよう、お気を付けくださいませ。