xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

作家 萱野葵さんを襲った非言語性学習障害という現実 ~日本の「引きこもり」の実数は数百万人規模・・・実は、自分の努力ではどうにもならない発達障害が主な原因だったのかもしれない~

 

 

1997年に新潮新人賞を受賞、著作の『ダンボールハウスガール』が米倉涼子主演で映画化もされた小説家・萱野葵氏を襲った危機。生活のために始めたアルバイトは失敗ばかりで、どれも長続きしない。

「言語性知能」と「動作性知能」のギャップに、その謎を解く鍵があった。

 

 

新進作家として一時注目されながらも、その後は重度のスランプに陥り書けなくなる。

その後、彼女が直面した現実は、余りにも残酷なものだった・・・

 

 

1997年に小説家としてデビューしたが、2001年にはすでにピークが来ているのを感じていた。

正確には、書けないというのではない。

書いても「これは行ける!」という感覚がなくなってしまったのだ。

完全なスランプだった。

 

しかし、一生、小説だけで生きていける人間など一握りだ。

私は小説を書くのをやめ、世間の人と同じように働くことにした。医療事務、警備員、牛丼屋店員、スーパー、受付、その他いろんなジャンルの仕事をしてみた。

 

 

そのすべての仕事で

 

「使えない!」

 

として、戦力外通告

 

 

決して怠けているわけではないのに・・・

職場では「何やってんだ!」と罵倒され続ける・・・

 

 

 

「どうしてそんなに仕事ができないの? 

 あなた本当に大卒なの? 

 私は高卒だけど、あなたよりずっと仕事できるわよ」

と言われ、私は俯くしかなかった。

 

 

 

 

 

して。。。

 

 

 

誰にでもできることが自分にはできない。

もう何かがおかしいとしか思えなかった。

 

私はとうとう、病院の門をくぐった。

 

 

その結果・・・

 

 

私は言語性知能が114と、平均より高かった。

ところが、動作性知能は平均をはるかに下回り、「境界例」である74。

動作性知能のうちの「処理速度」に至っては66で、「軽度知的障害」のレベルであった。

 

両方を合わせた全体的な数値は96と「平均値」に収まっていたが、あまり意味はない。

大事なのは、言語性知能と動作性知能の差が40もあるということだ。

 

 

診察した医師には軽く受け流されてしまった。

 

 

大学時代から続く「戦力外」体験に私は自信を失い

引きこもりのようになってしまっていた

 

 

それでも、彼女はあきらめなかった。

 

 

東京都にある発達障害者のための支援センターで

自分の状態を話し、相談に乗ってもらった

 

 

その結果・・・

 

 

「言語性知能と動作性知能の差が40もあったの! 

 それは生きるのがしんどかったね」

 

私の話を聞いた相談員は、驚いてそう言った。

 

 

発育障害。

その原因は脳の機能障害にあるため、自分でどれだけ努力しても改善することは不可能。

(要するに、生き方を変えるしかありません。)

 

 

アザゼルアスペルガー症候群に苦しんでいるので、彼女の苦しみは決して他人事ではありません。

 

 

「一流大学を出ても使えないやつw」

 

 

そんな声の下で苦しんでいる方って、少なくないような気がします。

 

 

 

病院で診察してもらうこと

支援施設に相談すること

 

 

 

実は、かなり勇気のいることなんです。

自分で自分を否定するような気がして。

 

 

 

もね。。。

 

 

 

自分一人で苦しんでいるだけでは、それはまるで地獄。

専門の相談員に頼るのは、恥でも屈辱でもありません。