xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

春名風花さんの呟きに触れて:ネット上での大政翼賛会っぽい風潮には、非常に強い違和感をおぼえるけれど・・・

 

 

 

この呟きを読んで、

「16歳なら、あるいは当然に感じる疑問なんだろうな・・・」

と思うと同時に

(法学部出身者なら知らないはずもない)あのイェーリングの『権利のための闘争』の序文の言葉も思い出したんです。

 

 

法の目標は平和であり、これを実現する方法は闘争である。

不法の輩からの侵害に対して対抗すべき間、すなわち、この世界の続く限り、闘争を避けることはできない。

この世界に存ずる全ての法は、闘争によって勝ち取られたものだ。

重要な法規であればあるほど、抵抗する者どもから奪い取らねばならなかった。

法は単なる思想などでは断じてない。

法は生きるための力そのものだ。

正義の女神が、一方の手に相対する主張の軽重を計る天秤を持ち、もう一方の手に法を執行するための剣を握っているのは、それ故なのである。

正義なき剣は忌避すべき暴力であり、剣のない正義は余りにも無力だ。

両者がともに揃ってこそ、その用を成すことができる。

完璧な法治とは、正義の女神が持つ剣の力(実行力=軍事力・警察力)が、正義を実現するための熟練度と均衡を保っている(調和)している場合にのみ現出する。

だからこそ、法は不断の努力によって支えられるのである。

しかも、その努力は一個の民族・国家によるものでは到底足りず、全民族・全国家によるものでなければならないのだ。

 

(注)完全に記憶によって書いているので・・・

   間違っている箇所が多々あるやもしれませぬ。

   ご容赦あれ・・・m(_ _)m

 

 

 

「権利を主張したいのなら

 闘う(戦う)ことを恐れてはならぬ」

 

 

アザゼルは、この精神を生涯忘れることはございますまい。