xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

靖国神社で「きけ わだつみのこえ」を読む ~散華することを強要される異常かつ理不尽な時代に生きた者の言葉(手記)を読むとき、その悔しさを想い、頬に涙が流れる~

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

 

 

この記事を書こうと思ったきっかけは

非常にツマなぬこと。

 

「東大生は戦争に行かなかった。

 あいつら、優遇されていたから。」

 

そんな会話を電車の中で聞いたとき、

 

「フザケンナ!

 何も知らないくせに、軽々に戦争を語るな!」

 

思わず言い放ってやろうかと思った。

 

 

 

東京大学(旧東京帝国大学)の学生には
卒業前に学徒出陣で硫黄島で戦死した方だっていらっしゃるんだ。

 

 

 

恐ろしいほどの無知蒙昧。

この程度の浅薄な知識しか持ち合わせていない愚かな輩が戦争を語るとは・・・

我が日本も地に堕ちたといえよう。

 

 

 

そんなこともあり。。。

 

 

 

現在、徳川宮司の行動が様々な波紋を呼んでいる「靖国神社

隠れて「きけ わだつみのこえ」を読んでみた。

 

 

 

きけ わだつみのこえ

 

 

 

学徒出陣による戦没学生の手記を集めた、およそ日本人であることを自覚する者ならば、一度は手に取ったことがあるであろう。

 

 

 

掲載順に、少しだけ登場される方々を挙げさせていただく。

 

 

 

上原 良司(うえはら りょうじ)

 

長野県出身

慶應義塾大学 経済学部

沖縄県嘉手納湾沖にて特攻隊員としてアメリカ艦船に突入戦死

二十二歳

 

 

 

石神 高明(いしがみ たかあき)

 

鹿児島県出身

東京帝国大学 文学部(卒業)

中国戦線にて戦死

二十五歳

 

 

 

吉村 友男(よしむら ともお)

 

岐阜県出身

早稲田大学 文学部

フィリピン沖にて戦死

二十二歳

 

 

 

大井 秀光(おおい ひでみつ)

 

東京都出身

東京帝国大学 理学部(大学院時代に入営)

中国戦線にて戦死

二十六歳

 

 

 

目黒 晃(めぐろ あきら)

 

宮城県出身

東京帝国大学 文学部

中国戦線に従軍中、戦病死

二十四歳

 

 

 

竹村 幸一(たけむら こういち)

 

秋田県出身

東京帝国大学 農学部(卒業)

中国戦線にて戦死

二十四歳

 

 

 

その他

京都帝国大学東北帝国大学九州帝国大学筑波大学(旧東京高等師範)、東京藝術大学(旧東京美術)、明治大学中央大学同志社大学日本大学東京理科大学

等々

 

東京帝国大学では、法学部、医学部のご出身者も登場する。

 

 

 

興味深かったのは、

 

上村 元太(かみむら げんた)

 

三重県出身

中央大学 法学部

 

大激戦地となった沖縄県で戦死されるのだが、入営時に幹部候補生試験を受けることとなったとき、彼は口頭試問で少佐ら将校らを前に、なんと次のような論陣を張るのである。

 

 

「敵国である米国は、民主主義を謳歌しており、

 愛国心の面でも我が国に決して劣らない。

 この戦争で勝てる見込みは非常に薄い。」

 

 

一歩間違えれば・・・

よくぞ、ここまで論じ切る覚悟を持っていらっしゃるものだ。

 

 

挙句に

 

「米国では、人生をエンジョイしており・・・」

 

と言いかけたところで、堪らず少佐が

 

「敵性国語を使うのは」

 

と突っ込まれると、彼は

 

「英語廃止など無意味な政策」

 

と切って捨て、さらに国家総動員法の問題点まで指摘するのである。

 

 

 

ここまで痛快な男子もいたのだと、素直に感心してしまった。

そんな彼がこの世で書き残した最後の言葉は

 

 

「不幸者だったかもしれないが、

 いつでも母のことを忘れたことはありません」

 

 

 

一方、米国から「バカ」呼ばわりされた特攻隊に選抜された方々の言葉

 

 

 

林 市蔵(はやし いちぞう)

 

福岡県出身

京都帝国大学 経済学部

特攻隊員として沖縄県沖にて戦死

二十三歳

 

 

かあちゃんが必死に育ててくれたことを思うと

 何も喜ばせることもできずに

 何も安心させることも出来ずに

 死んでいくことがつらいです。」

 

 

 

大塚 (日に成)夫(おおつか あきお)

 

東京都出身

中央大学

特攻隊員として沖縄県嘉手納湾沖にて戦死

二十三歳

 

 

「はっきり言うが、

 俺は好きで死ぬんじゃない。

 何も心に残るものなく死ぬんじゃない。」

 

 

 

和田 稔(わだ みのる)

 

愛媛県出身

東京帝国大学 法学部

回転特攻隊の訓練中の事故で殉職

(補足:人間魚雷とよばれた回天では、出撃前に事故死する例が多発した)

二十三歳

 

 

「私に今ほしいのは

   平和な時代に流した涙と同じ涙なのだ」

 

 

 

林 憲正(はやし としまさ)

 

愛媛県出身

慶応義塾大学 経済学部(卒業)

特攻隊員として本州東方沖にて戦死

 

 

「私は今宣言する!

 帝国海軍のためには、戦争はしない。

 私が死ぬとすれば、それは祖国のためであり

 極言すれば、私のプライドのためだ。」

 

 

 

戦場に「英雄」なんかいない。

戦場にあるのは平和なときには考えられない

狂った状況が支配する異常さだけだ。

 

 

 

本来ならば祖国の将来を担っていく

貴重な人材ともいうべき若い人から死んでいく

 

 

 

老いた人から死んでいくという「自然の摂理」に反する

そんな散華することを強要される異常かつ理不尽な時代

 

 

 

最前線で死んでいった方々の言葉には

日常的に死と隣り合わせに生きねばならない状況下という

「極限」とも表現すべき時間の中で記した人間の記録であることを忘れてはならない。

 

 

 

 

何が「祖国に誠を捧げた英霊」だ。

安穏と平和な日々を享受する人間が、軽々に散華された方々を語るな。

 

 

 

どうしても生きたかった「明日」という日を迎えられなかった

その悔しさを思うとき

国家的に戦争を正当化するための装置として設立された靖国神社

私は涙を抑えることは出来なかった。