xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

音女アザゼルからの「ぬかるみの世界にようこそ!」の巻 ~オーディオなど、無くても生きていくうえで何の支障も無い・・・だからこそ、取り組む意味があるのだろう~

「音女」

 

早い話が「プ女子」と同じ系列の俗称でございます。

 

男性中心の社会において、(一般的な男子が想像する)通常の女子とは異なる嗜好を有する女子に対し、侮蔑と奇異の目を向ける対象として「○女子」という呼称を与える一例というわけ。

 

しかも、その対象が

 

「オーディオ」

 

ファンの99.9999%が男性。

しかも高齢者が大半を占めるという特異な嗜好性を有する世界。

 

そんな「底なし沼」へと、自ら足を踏み入れてしまった愚かなオンナのことを、男性社会では

 「音女」

と呼ぶらしいんです。

 

 

 

だったら。。。

 

 

 

男性社会において、侮蔑と奇異の目の対象であることを、自ら宣言してみた方が、あるいは清々しさすら覚えるのではないか? とも思い、アザゼルは、自らを「音女」であると申すので御座候ぉ~

 

 

 

さてさて。。。

 

 

 

アザゼルが父および祖父の影響をモロに受けちゃって、無くなっても、生きていくうえで何の支障をきたすこともない

 「オーディオの世界」

のぬかるみに足を滑らせたのは・・・

大学進学のために、田舎から東京へと出てきたときから。

 

 

アザゼルの父は、女子に対する徹底的な差別主義者。

 

「男尊女卑が失われたが故に、

 日本は社会的にも文化的にも著しい劣化を余儀なくされた」

と公言して憚らない方でしたので、

「女が一人で東京に出るなど言語道断!

 傷物になったら、終わりだぞ!!」

と、東京への進学には終始反対。

 

(受験は・・・

 単なる「憧れ受験」ということで許可いただきました。)

 

最後は、リアル土下座までして、進学を許可していただいたのでございます。

 

あのとき感じた、床の冷たさは・・・

おそらく、忘れることはございますまい。

 

 

もっとも・・・

「アルバイトなど不良になるだけ」

という父の考えのおかげで、学生時代、アルバイトなるものを一度も経験せず、仕送りだけでノウノウと暮らしていたのは・・・

秘密です。

 

(* ´艸`)クスクス

 

 

 

閑話休題。。。

 

 

 

アザゼルが東京に来て困ったのは・・・

 

尋常ならざる人見知りであるが故に、

都会に全然馴染めなかったこと。

 

それと・・・

周囲の音の酷さ。

 

父と祖父のオーディオ・ルームで聴いていた音とは比較するまでもない、

劣悪極まりない音が、アザゼルの周りを取り囲んでいたのには流石に耐えられませんでした。

 

 

アザゼルが求める音は、いわゆる

 「普通の音」

 

つまり・・・

 

何も足さない、何も引かない

ただ、それだけの音

 

 

 

ところが。。。

 

 

 

いざ取り組んでみると、この「普通の音」を出すことがどれほど難しいことか・・・

 言葉でいくら申し上げても、実際に聴いてみないことにはお分かりいただくことは困難でございましょう。

 

もとより、「普通の音」には明確な基準があるわけではございません。

十人十色の言葉のとおり、「好きな音」への嗜好性は、まさに千差万別。

 

自分にとって好ましい音は、他人にとっては不満の残る音であることなど至極当然。

それどころか、他人にとって堪らない音が、自分にとっては騒音でしかない例も、実際にあるんです。

 

 

ですから、これから申し上げることは、所詮はアザゼルの「妄想」でしかないとお笑いくださいませぇ~

 

 

アザゼルの求める「普通の音」

 

再生時の付帯音が少なく

奥行きが感じられ

決して団子状態にならず

明確に分離されている音

 

例えば・・・

 

ボーカルの入った作品の場合、ボーカルの輪郭が際立ち、更に前に出てくることが必要最低条件

 

 

そのためには、できるだけ質の良い音源を入手し、オーディオ・ルームの環境を整え、電源の最適化を行い、できるだけレベルの高い再生機器を準備することが、どうしても必要になってしまいます。

 

アザゼルの場合、必要なものは全部、(おカネを含め)父から貰ったモノ。

ですから、偉そうなコトは何も申し上げられませぬ。

 

それでも、「底なし沼」、「ぬかるみの世界」とも称されるオーディオではございますが、ある程度、おカネを投入しちゃうと・・・

 

 「あぁ、この音、好き・・・」

 

といえる状況が生まれてきます。

 

この後はもう、完全に趣味の世界。

 

アザゼルの場合、CDだろうが、ネットで購入したハイレゾ音源だろうが、ソフトウェア上で一旦、705.6kbpsまたは768kbpsにアップサンプリング。

その状態でDACに流し込み、真空管アンプで増幅。

サブ・ウーパーとスーパー・ツィーターで強化したスピーカーで再生。

 

音源は、絶対にDSD化はいたしませぬ。

原理的にDSD音源がPCM音源に適うわけがございませんもの。

 

 

もし自分の力でココまでやろうとすると・・・

クルマ(新車)が軽く買えるぐらいのおカネを注ぎ込む必要がございます。

 

しかも、その結果として得られるものは・・・

 

 「唯の自己満足」

 

だけ・・・

 

もうね、究極に近いぐらいの無駄使い。

 だって、クルマだったら、生活にためにだって使えますものね。

 

でもオーディオの場合、音を出す以外、他に何の用途にも使用できません。

ホントに他に何の用途にも使用できません。

 挙句に、資産らしい資産には・・・なり得ません。

 

 

 

さぁ。。。

 

 

 

貴方もアザゼルと一緒に「オーディオ」のぬかるみにハマってみませんか?

 その先にあるものが、単なる「自己満足」でしかないことがすでに分かっていうというのに。

 

 

 

しかし。。。

 

 

 

だからこそ、一心不乱に取り組むに足る要素がソコにはあるのかもしれませんぞ。

 それは「禅」の世界にも通じる

 

 「無の境地」

 

へと至る可能性があるのかもしれませんから。

 

俗世の欲望に塗れた煩悩の世界が行き着く先にあるものも、

精神世界の「こだわらぬ心」を求める旅路の終着点にあるものも、

あるいは同じものなのかもしれませぬぞ。

 

 

 

 

 

 

ゴメンね・・・

 

最後のトコロ

自分でも何を言っているのか

皆目分からないコトを臆面も無く垂れ流しちゃって・・・

 

 ( TДT)ゴメンヨー!