xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

汗水垂らして稼ぐことって、本当に大切なこと? ~下らないオトナの論理を、鼻で笑っちゃえ~


人間の社会において「平等」なんて、唯の幻想

そうだと思わせないと社会が不安定化するから、導入されている夢幻

 

表立って口にされることはほとんどないけれど、如何なる人間も、いずれかの「階級」に属している。

「階級」を上げることは至難の業・・・だけど転落するのは恐ろしいほどに簡単。

(詳しくは、ファッセルの「階級」という古典的名著、あるいは、マレーの「断絶社会」をお読みあれ。)

 

笑えるのが、共産党ですら上級幹部と一般党員では、出される弁当ですら大きな差があること。

階級闘争するんなら、自分の党の中でやれば!?

 

教条主義という言葉がよく似合う共産主義者は、権威におもねるグロテスクな組織へと変貌することにすら疑念を持たぬ、人間の皮を被ったロボット。

階級を批判する組織自体が、厳然とした階級の下で運営されているのは失笑を禁じ得ない・・・

とはいえ、この手の話はよくあることだったりしますよね。

 

 

もとより。。。

 

 

センの「経済学と倫理学」、ピケの「21世紀の資本」、アトキンソンの「21世紀の不平等」、セドラチェクの「善と悪の経済学」 etc.

これらに共通しているのは、倫理無き欲望の暴走が、やがては社会の安定性(および/もしくは、持続可能性)を大きく損ね、社会基盤を根底から覆しかねない、という警鐘を鳴らしていること。

 

これらは、サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』というベストセラーにもなった本でも取り上げられたように、

『社会は「相互依存」によって成り立っている』

という、至極当たり前のことを出発点としています。

この「当たり前」というところが、実は・・・難しいんです。

 

ある事象について、完全に中立的(もしくは客観的)な見方なんかできるわけもなく、自分なりの「道徳観」(および/または「価値観」)にしたがって判断せざるを得ない

その際、

「自分が属する家庭、組織、社会、世界は、すべて相互依存によって成立している」

という視点を持ち続けることは、意外なほどに難しい。

「根拠希薄な断定的判断」なんて、馬鹿でも容易にできてしまうのとは対照的に。

 

例えば、おじいちゃま、おばあちゃま達が

「今の若いモンは!」

と言うのも、視野が狭いというより、固定観念に囚われてドーしようもなくなってしまった

哀れな姿を晒している

とみるべきでしょう

数十年前は、自分達が言われていたことも忘れちゃって・・・

 

 

さてさて。。。

 

 

今回取り上げさせていただいたサイトの記事は、言葉を巧まず、かなり極端な表現を用いているけれども、イイタイコトは分かる

アンチテーゼとして提示した以上、極論に走るのは、あるいは必然だもん。

 

 

ただ。。。

 

 

おカネに対する嫌悪感について、記事の著者は、

「オトナとの思想的断絶」

をテーマにしているみたいなんだけれど・・・

とある調査結果によると、オトナ(注:ココでは満40歳以降の者と定義する)よりも遥かにティーンエイジャーのおカネに対する嫌悪感は高いんです。

 

しかもね・・・最近の傾向は、年を追うごとに若年層のおカネに対する嫌悪感が高まりつつあるんです。

コレって、教育の問題でもあるんですが、アザゼルのような平成生まれの場合、高度経済成長など日本史の教科書でしか存じませんし、特にリーマン・ショックが炸裂した2008年もしくは2009年以降、経済的弱者である若年層は未来への希望を喪失しつつあるのかもしれません。

 

 

もっとも。。。

 

 

楽して金儲けをしたい

 

(法令に反しない限りにおいて)何ら悪いコトではありません。

むしろ、額に汗水垂らしておカネを稼がないと食べていけない「肉体労働者階級」から、(自己あるいは第三者の)おカネや不動産から得た不労所得だけで十二分に豊かな生活が送れる「有閑上流階級」にステップアップできたのなら、それは素直に称賛されるべきこと。

 

だって、肉体労働者階級の人間よりも、多額の税金を国や地方公共団体に納めているんですもの。

国から感謝状の一つも欲しいところよね (笑)

 

まぁ、物事への見方なんか、立場が変われば真逆になることだってあり得るわけなんだもん。

コレが正解だ!

なんて・・・言い切るようなおバカにはなりたくないなぁ~

(って、アザゼルが言うなぁ! ←!自爆!)

 

というわけで、今回も締まらないままにお開きでござるぅ~

チャンチャン