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xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

「憲法の無意識」(柄谷行人)を読む ~リベラル派の主張に根拠を求めることの困難さ、それを理解するには手ごろな一冊~

憲法の無意識 (岩波新書)

 

柄谷さんが憲法を語る。

もう結論は見えている。

 

それでも手に取ることにした理由は、思想的に真逆の立場だから。

交わるところが欠片も無い、真逆の思想であるからこそ、刺激的。

 

この新書、4本の講演録をまとめたもの。

それだけに全体を通してみると、散漫なイメージを受けるのは致し方ないところ。

 

 

さてさて。。。

 

 

最初の議論では、フロイト理論を援用。

エビデンスを求めるのは、その段階で無理。

 

政治学の世界で、その理論的基盤としてフロイトを持ち出した段階でオカルト扱いされるのは当然のこと。

リベラルだから・・・というわけではないけれど、自分の理想とすることを補強してくれるのであれば、如何なる理論であっても援用する、という態度は誠実さに欠けるのではないかしら。

 

死の欲動」というタームが出てきた後の論理展開には、流石に失笑を禁じ得ません。

第9条に規定された「戦争放棄」は、米国をはじめとする連合国から押し付けられたものではあるが、現在では日本人の無意識の次元にまで達した問題であり、意識的な説得や宣伝では、もはやどうすることも無くなったのだと説くんですもの。

 

フロイトの「超自我」概念を導入して、無意識の構造を説明。 

無意識に根差す「超自我」によって支えられているが故に、憲法第9条を改正しようとする動きに、圧倒的多くの日本人は敏感かつ非常に強い拒否反応を示す・・・ってことらしい。

 

 

次は、第1条に規定された象徴天皇と第9条に規定された戦争放棄の関係性を説く。

その日本国憲法の理念には、すでに日本において先行する形態があったのだと指摘。

それが『徳川の平和』

 

先の大戦での壊滅的な敗北は、明治維新以降に日本が目指してきた富国強兵政策を含む「総体」への悔恨をもたらしたという。

日本人自らが「徳川の平和」を破ってしまったことへの、そして、その後の日本が辿ってきた過程への悔恨をもたらしたのだと指摘するわけなんですが・・・憲法理念と「徳川の平和」に関する研究は、柄谷さん独自の視点という訳でもありません。

 

3つ目では、カントの平和理論を援用。

ココで登場するのは、柄谷さんがお好きな「世界共和国」のお話。

 

戦争の放棄とは、柄谷さん流に言えば「純粋贈与」であり、その対象は国際社会である。

日本が憲法第9条について、一切の拡大解釈あるいは歪曲を否定し、規定どおりに素直に実現することによって、如何なる軍事力や資金力をも凌駕する力、すなわち、国際社会への日本からの一方的な「贈与」となって、世界共和国を実現するための原動力になりえるのだと主張。

 

ココまでくると、政治学の話なのか、それとも宗教学の話なのか、その線引きは微妙になってきます。

柄谷さんご自身、初期キリスト教における精神を取り上げられていらっしゃるので、その自覚はお持ちなのでしょう。

 

最期の4つ目では、歴史循環説を唱えておられます。

1)帝国主義的世界、すなわち、戦争の時代は約60年続く

2)その後、ヘゲモニーが移行し、自由主義的世界、すなわち、平和の時代が約60年続く

つまり、120年周期で世界の歴史は循環し続けるのだそうです。

ちなみに、現在は「戦争の時代」なのだと、柄谷さんは主張する。

 

 

 

ココで取り上げさせていただいた柄谷さんの主張について、

「根拠を示せ!」

なんて野暮なコトは抜きにいたしましょう。

如何にも昭和のリベラル派の言論人っぽい主張を読んだ気がいたします。

 

むしろ、リベラル派への支持が、なぜココまで弱まってしまったのか・・・

ホンの一端ではあるけれど、垣間見たような気にさせてくれる一冊でございました。