xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

映画「ハクソー・リッジ」 やっと日本で公開される(でも6月・・・) ~戦争モノの中では出色の出来栄え! それなのに・・・日本での公開が1年も遅れた理由とは?~

戦争モノ。

映画では一つのジャンルとして完全に確立されており、今も人気を博していますよね。

 

アザゼルは、戦争モノが基本的に好き。

ただし、映画「永遠のゼロ」のような、最初から最後まで日本人のマスターベーションみたいなシャシンを評価する気はございませんし、中国(大陸系)お得意の現実離れしすぎたキチガイ系「抗日モノ」など論評の前に唾棄する他はございません。

 

 

 

戦争・・・

見知らぬ者どおしが無慈悲に殺し合わなければ生き残れない。

それなのに、前線で恐怖のどん底に叩き込まれた人間にはほとんど見返りらしい見返りなど無い・・・

 

そもそも、前線に送り込まれる人間に、祖国でエリートとして安閑と暮らしてきた人間など滅多にいない。

むしろ、ほとんどが国家から収奪される側にいたはずの人間であり、自分を食い物にしてきた「祖国」のために、生命を賭けた自己犠牲を強いられる。

 

向こう側に潜む敵兵は、自分と同じ人間。

介護が必要な年老いた親だっているだろう、養っていかなければいけない家族だっているだろう。

 

「ただ、幸せに暮らしたいだけ」

そんな切なる想いの先にあったモノ、皮肉なことに、それが「戦争」

 

不条理という言葉で済ませるには余りな世界、感情だけではとても割り切れない世界。

そんな世界を描いたシャシンを、アザゼルは愛するのです。

 

 

なにより。。。

 

 

「不条理への怒り」

アザゼルは、そんな感情を人間として根源的なモノであると解釈していますし、その怒りの発露としての表現方法にシャシン、つまり、映画があると思うんです。

 

ちなみに・・・「怒り」を司る悪魔は、悪魔の王の中の王「サタン」。

「サタン」の本当の素性は「神」のもう一つの「顔」あるいは側面ともされ、言葉では表現し切れない感情の爆発である「憤怒」を司るのも、ある意味で必然なのかもしれません。

 

だって「怒り」は、ヒトが知性を獲得する以前から、動物としての性質を備えた時点で同時に生まれた根源的なモノ。

「怒り」を克服することができれば、すなわち「解脱」であると解釈しても強ち間違っているとはいえないほどに、ヒトという形を捨て去らない限り、逃れることができないんだもの。

 

ことほど左様な「怒り」を、戦争という不条理が支配する状況下において、決して直接的ではなく、あくまで静かに、あたかも白紙に描かれた文字を炙り出すかのように描くシャシン。

そんなシャシンにこそ、アザゼルは不断の興味をおぼえてしまうんです。

 

 

とはいうものの。。。

 

 

編集されてシャシンになった時点で、如何なるジャンルであろうとも必ずウソが含まれてしまいます。

結局は「ウソの程度問題でしかない」と考えることだって出来るでしょう。

 

そんな矛盾を抱えていることを自覚しながら観るシャシン。

素敵だとは思いません!?

 

【念のための補足】

旧約聖書の中に登場する「サタン」は、『行く手を阻む者』あるいは『抗議する者』といった意味で使用されています。

「敵対者」という意味を見出せるとしても、それを「自己の意思で神に反抗する超自然の存在」たる「悪魔」であると主張しているのは、キリスト教神学上の解釈である/でしかない点には、ご留意くださいませ。

余談ながら・・・

「サタン」の解釈では、カルヴァン派がトンデモ級の解釈を臆面も無く行っています。

アザゼルの思想は、カルヴァン派のそれに近いのではないか?」

と評されたときには・・・勘弁してください(;'∀')・・・

と思ったり、しかったり。

 

 

さてさて。。。

 

 

今回取り上げさせていただいた「ハクソ―・リッジ」というシャシン。

ハリウッド映画というより、実質的には豪州映画(米豪合作扱い)と言った方が正しいかもしれません。

 

映画製作にあたり、豪州から税制上の優遇を与えられて撮影開始。

主人公および主人公級の数人の役者を除き、米兵は豪州人が演じる。

で・・・監督は、元豪州人だった、メル・ギブソンさん。

メル・ギブソンさんがメガホンを取る以上、宗教絡みになるのは必定ですけれど)

 

 


 

主人公は、実在の人物であり、1人も敵兵を殺すことなく米軍最高勲章である「Medal of Honor」(名誉勲章)を受けた、故デズモンド・ドスさん。

 

Desmond Doss - Wikipedia

 

名誉勲章受勲者に対しては、例え元帥であっても先に敬礼をしなければならないなど、軍人として最高の栄誉が与えられます。

それ故に受勲条件は極めて厳しく、ましてや敵兵を殺さずに名誉勲章を受勲すること、普通なら考えることすらあり得ないレベル。

 

なお、米国内での「名誉勲章」そのものへの尊崇の念は非常に高く、米国内での偽造はもとより、個人間での売買行為すら違法とされ、訴追の対象となります。

日本で偽物を購入して米国内に持ち込むと・・・もれなく逮捕されちゃうので、注意いたしましょう(笑)

 

アザゼルの率直な感想としては・・・

主人公をチット超人的に描き過ぎである点は否めませんが、むしろ、それが無ければシャシンとして成立しなかったであろうとも思いますぞ。

 

 

さてさて。。。

 

 

このシャシン、本家の米国で公開されてから、ナント!1年も経てから日本国内で公開されることと相成りました。

つまり、日本国内では「買い手」がいなかったんです、シャシンの。

 

理由は明白。

とかく

「日本、万歳!」

「日本エライ!」

「世界が驚愕する日本!」

みたいな日本人向けマスターベーションばかりが横行するご時世に、

 1)時代は、第2次世界大戦

 2)場所は、大激戦となった沖縄

 3)主人公は、信仰故に銃を決して手にしようとしない米兵(衛生兵)

 4)敵は、天皇陛下万歳!を叫びながら無謀な突撃を敢行してくる日本兵

 

コレじゃあ・・・

右翼のターゲットにされることはあっても、

商業的成功が期待できるとは思えない・・・

と大手配給会社が二の足どころか、三の足、四の足を踏んだのは想像に難くありませんよね。

 

観た感想としては、日本人として嫌悪感を抱くほどではない

・・・かな (;^_^A

それ以前に、信仰と戦争、不条理と信念、そんな感じの二元対立が、ある意味で先鋭的なぐらいに描かれていることに視点を移すべきでしょうね。

 

とはいうものの・・・

この映画、中国では「大いに受けた」んです。

だって「抗日映画」ですから。

 

ご興味があればどうぞ。

なお、この手のシャシンに強い関心をお持ちの方は・・・

もうご覧になっていらしゃっるでしょうけれど・・・