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xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

「史上最大の発明 アルゴリズム 現代社会を造りあげた根本原理」(デイヴィッド・バーリンスキ)を読む ~人類の英知が約300年にわたり築き上げてきたアルゴリズム研究の現在~

史上最大の発明アルゴリズム: 現代社会を造りあげた根本原理(ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) (ハヤカワ文庫 NF 381)

 

えっと。。。

 

コレ、眉間にシワを寄せて読むことを余儀なくされる作品でございますので、ご覚悟めされぇ~

とはいうものの、まずは音楽でも聴きながら、リラァァァアアアックスしませう。

 

 

この動画、編集が巧みでメッチャ好き!

センターを占めているローラースケートのお姉さま、他の動画でも見かけるんですが、その世界では有名な方なのでしょう、きっと・・・

 

 

ちなみに。。。

 

 

今回の動画で使用されているチェット・フェイカーというお名前。

いうまでもなく、ジャズ界の巨星 故チェット・ベイカーさんへのオマージュ。

 

チェット・ベイカーさんは、トランペット奏者としても一流だったけれど、ヴォーカルとしても世間の評価はスッゴク高いんです。

アザゼルは、ヴォーカルとしての彼は評価しておりません(っていうか嫌いです)が、彼自身のことは大好き。

 

若くして商業的な大成功を収めたにもかかわらず、重度のドラッグ依存(しかも最悪最凶の高純度ヘロイン)に溺れ、生活的にも経済的にも完全に破綻。

不惑(40歳)を迎えるころには、生活保護を受けなければ生活できないまでに金銭的に困窮し、米国では最底辺の職業とされるガソリンスタンドの店員をしながら糊口を凌ぐまでに転落。

 

その後、ミュージシャンとして復活するものの、かつてのような人気を得ることもなく、58歳で宿泊先のホテルから転落死。

何故、転落したのか、その原因などは・・・未だ不明。

 

チェット・ベイカーさんという存在が世に送り出した最高の作品は、音楽作品などではなく、彼の人生そのものだったという皮肉。

どう? チェット・フェイカーと名乗りたくもなりますよねぇ~

 

えっ!?

何の話をしてるんだ!・・・ですって???

 

 (m´・ω・`)m ゴメン…

 

アザゼルの話は、

基本的に脈絡などございません

だって・・・

あらかじめプロットを考えてから書いたりしません

ので

 (* ´艸`)エヘヘヘ

 

まさに

常在戦場

の精神でございまするよっ!

アントニオ猪木さん流の

「いつ何時でも、

 誰の挑戦でも受けるっ!!」

の覚悟を持って、書き散らしているので御座候ぉ~

 (完璧にウソです・・・)

 

 

閑話休題。。。

 

 

今回取り上げた作品、邦題がもう最悪なんですが、コレは翻訳者さんの責任ではございませんぞ。

知らない方がいらっしゃるとイケナイので申し添えますが、よほどの専門書のでもない限り、翻訳者が本のタイトルを決める権限は与えられておりません。

 

タイトルとなる邦題を決めるのは、出版社サイド。

できるだけキャッチ―で、できだけ売れるようなタイトルを付けるのが常。

 

だから、邦題が・・・

「何じゃ、こりゃあっ!!」

  (故・松田優作さん風に)

という作品が、巷に溢れる有様へと陥るのでございまするぅ~

もっとも・・・映画ほど酷くはございませんが

 (;^_^A 

  原題、完全無視・・・ですもん

 

今回取り上げた作品の原題は、

“ The Advend of The Algorithm ”

フツーに訳せば

アルゴリズムの進歩」

・・・コレじゃあ、売れませんわ・・・

 (´・ω・`)ショボーン

 

 

で。。。

 

 

コレまでのアザゼルの傾向から考えれば、デイヴィッド・バーリンスキさんの作品なら、この本じゃなくて、

❝ The Devil’s Delusion : Atheism and It's Scientific Pretensions ❞

(敢えて訳せば「悪魔の妄想 無神論とその科学的根拠」ぐらい。

 ただし、ココでの Pretensions は、単に「主張」としてとらえるより、「自惚れ」と訳した方が全体的な整合性が取れるような気がします。)

を取り上げるんじゃないの? と思ったでしょ。

でも、しないんです。

(コッチの方の作品に邦訳が出ているかどうかは存じません。)

 

 

さてさて。。。

 

 

やっと内容に触れるんですが・・・

 (*`艸´)ウシシシ

もう嫌になっちゃったでしょう?

 

でも・・・

違うんだなぁ~、ソレ。

コレぐらいのコトで嫌になるぐらいなら、この本は絶対に手に取ってはダメよ。

 

この本を読解できるほどの知識を持っておられるのなら、そもそも、この本を読む必要が無いんじゃないかっていうぐらい、並みの大学レベルの知識じゃ全然歯が立ちませんぞ。

しかも、この記事どころじゃないぐらいに、話の展開がアッチコッチに飛んでいくんです。

 

読んでいて、知的興奮らしきものは味わえても、おそらく・・・

結局、よく分かりませんでした

(特に中編以降)って涙するのがオチ。

 

しかも読者に対して、

科学(数学)史及び数理論理学(数学科の学部レベルのハードさ)の知識なんか当然持っているよなっ!

ってことを前提で書いているので、公理や定理そのものの解説なんか完全に無視。

 

筆者(元パリ大学 数学科教授)の意を汲み取れば、基礎的数学知識を持ち合わせていない程度の人間あるいはコンピュータ・プログラミング分野のような局所化(というより矮小化)された知識レベルしか持ち合わせていない人間が、アルゴリズム本来の意味・意義など理解できるはずもない、ということなのでしょう。

 

ライプニッツ以来、最高レベルの英知が数百年にわたり連綿と研究・開拓されてきたアルゴリズムの分野をパンピー風情が理解できると考える方がドーかしている・・・

その主張は分かる。

 

分かるんだけど・・・

早川書房、本気でこの本が売れると思ったんだろうか・・・

 

と思っていたら・・・

この手の本にしては、結構売れたらしい・・・(本当か!?)

 

 

でね。。。

 

 

この作品の中でDNAに触れているんですが、ある意味、これは必然。

「生命」はアルゴリズムの集積と解釈することができるから。

 

極めて精妙に組み上げられたアルゴリズムが、単立で存在しつつ、奇跡的な次元で連動して作動する総体としての仕組み。

それが「生命」

 

こんなコトを書いたのは、筆者であるバーリンスキさんの影響を受けて、グレゴリー・チャイティンさんが「ダーウィンを数字で証明する」という作品を上梓することにつながるからなんです。

つまり「メタ生命学」って分野。

 

ただし、チャイティンさんが影響を受けたのは、今回取り上げた作品ではなく、先に挙げた「悪魔の妄想」の方。

バーリンスキさんの指摘は、物理学の分野の厳密さと比較して、ダーウィン以来の生物学の分野のテキトーさは余りにも酷い、というものだったから、じゃあ生物学の分野で数学的厳密さを与えることをやってみるよ、って感じ。

 

メタ生物学の面白さは、自然の創造性に対するアンチ・テーゼっぽい問題提起をしているところなんです。

DNAがプログラムによって動作するソフトウェアであると考えてみる、つまり、「自然」ではなく「人工」のものとしてとらえることによって、従来のあやふやさを解消できるのではないか、というもの。

 

生物学って、宗教だとか倫理だとかが思いっきり科学的発展を邪魔をしちゃうので、

「シラネ―よ、そんなもん!」

というアプローチはアリだと、個人的には思っていたりします。

 

もっとも、自然の世界は、極めて極めて(←大切なコトなので2回言いました)複雑系が支配する世界なので、人工の世界は、極めて極めて(←大切なコトなので・・・もう止めます)単純化されたシンボリックで記号的な世界しか構築し得ない、という制約条件下にあることを、全ての前提にする必要がありますが・・・

 

となれば。。。

 

 

議論の行方は「人工知能」の分野に行きつくわけなんですが、余りにも議論が散漫になり過ぎなので、この手のネタは気が向いたら・・・ってコトにいたしましょう。

個人的には、この分野より

「人間は、人工的に生命を創リ出すことにより、

 (創造主にはなれないが)造物主としての神になり得るか?」

って方に遥かに興味があるんですけど・・・ね。

 

人間が作り出したに過ぎない宗教も倫理も道徳すらも完膚なきまでに拭い去り、純粋に科学として(ただし悪意は可)生命を創り出すことで、自らの手で(騎士団長殺しならぬ)

「神殺し」

という、人類の存在意義にかかわる究極の目的を完遂至らしめることが出来たのなら、アザゼルの代で人類が絶滅しても悔いは全くないなぁ~

と・・・思ってみたり。

 

 

 

おっと。。。

 

 

気付いた?

気付いちゃいました?

 

ココまで、今回取りあげた作品の内容そのものには、チットも触れていないことに(笑)

そうなんです、ソレがこそが、今回のネタの目標。

 

暗喩ばかりで明確な答えを一向に示そうとはしない

「ヘビの生殺し」

状態にされる、この本。

この作品に触れるのなら、このぐらいの覚悟が必要なのよ、ってことをお伝えしたくって(←マジ)

 

 

ただ。。。

 

 

これも内容そのものに触れはしないのだけれど・・・

 

アルゴリズムが導出する結果って・・・ナニ?

ある情報を投入した結果、もたらされた結果って・・・何???

 

意味論の分野で考えた場合、その結果そのものが意味を持ちのでしょうか?

それとも、その結果を「人間」の判断を経ることで意味を持つのでしょうか?

 

もし後者であるとした場合、アルゴリズムそのものに意味をもたらす効力を有しないと解釈しても問題ないといえるのでしょうか?

アルゴリズムそのものに意味をもたらす効力を認めないのなら、人間の脳はアルゴリズムによって作動していないとでもいうのでしょうか?

 

それじゃ!

(@^^)/~~~