xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

映画「シャッター アイランド」をDVDで観てのチットした感想 ~「マルホランド・ドライブ」と同様に時間軸を前後させることにより ❝夢幻と現実❞ の境界線を意図的にアヤフヤにさせた秀作~

ほぉ~い!

毎度おなじみ、臆面もなく己の無知蒙昧さを全世界に向けて発信し続ける

『アホな子、アザゼル

でございまするぅ~

 

今回は、柄谷行人さんと山本七平さんの著作について述べてみたいなぁ~と思っていたんです。

テーマは「現人神たる天皇像を作り上げた思想の発展」に関するアホな子の一考察(という名の、唯の雑感 (;^_^A )。

 

なぜ

天皇は「現人神」(あらひとがみ)

とされたのか?

 

これは古代史における「天皇霊」みたいな話ではなく、江戸時代、特に中期以降に顕著に顕在化してくる我が国独自の思想(あるいは歴史認識)についてのお話。

この手の問題については、日本政治思想史における泰斗であり、今もなお学会において主流派を形成している「丸山学派」の創始者、故・丸山眞男先生の著作を取り上げるのが、門外漢の採る一般的な方法なのでしょう・・・

(えっ!?

 「京大学派を無視すんな!」ですって?

 ・・・ダァ~メ、ムシむし無視しちゃうぞ!!)

 

で。。。

 

アザゼルは敢えて、学会の非主流派、更には学界からは相手もされない在野の方を取り上げてみようと思った次第。

 

「よりによって、

 対抗運動を勝手に放棄した奴

 と偽ユダヤ人かよ・・・」

 

そう思った貴方、鋭いっ!! 

(分からない方は・・・置いて行きますぞ)

ただ、このお二人の著作、このテーマに関しては素晴らしい視点を提供してくれていると思います。

(もっとも・・・例によって後半はグダグダ・・・)

 

でもね。。。

 

結局・・・書くのメンドくさいなぁ~

となっちゃったって・・・

 

今回は、映画のお話ですっ!!

 

え・・・今まで全部「無駄話」かよ!?

そう思いますよね、フツー

 

でも・・・イイんですっ!

アザゼルなんですから(←何も考えてないアホな子)

 

 

さてさて。。。

 

 

イキナリですが、今回は

シャッター アイランド

 

アザゼルの部屋にある棚一杯に散乱している(笑)DVDとブルーレイディスクの一つ。

たまさか手に取っただけで、何かこのシャシンが観たい、みたいな動機があったわけではございません。

 

監督:マーティン・スコセッシさん

主演:レオナルド・ディカプリオさん

というお馴染みの組合せ。

 

このお二人、よほど手が合うとみえて何度も一緒にシャシンを撮っています。

ちなみに、スコセッシさんのシャシンの常連といえば、ロバート・デ・ニーロさんが有名ですよね。

 

いわゆる性格俳優を好む理由は、おそらくスコセッシさんのシャシンって、

主人公が精神を病んでいる

モノが多く、また、そうであるからこそ光っているんです。

 

また、今回取り上げさせていただいたシャシンでも、他のスコセッシさんのシャシンと同様に、

(1)強い光の投射シーン

   (そして、その光に怯える主人公)


(2)おぞましい暴力シーン

   (そして、フラッシュバックする主人公)

 

(3)毎度おなじみ上空からの撮影シーン

   (そして、工程の困難さにたじろぐ主人公)

 

がバンバン出てきます。

 

そうそう、スコセッシさんのシャシンなら必ず出てくる主人公を後追いしながら撮る長回しのシーンも。

 

監督の仕事のうち、最も重要なモノが

「編集」

その過程でシャシンには、必ず『監督の色』が出てきます。

 

監督自身の手による「編集」という作業工程を経ない限り、シャシンはシャシン足り得ず、唯のテープ(最近ではデジタル・データ)の山でしかありません。

 

ヒトによって自分の「色」出し方(強弱等)はあるものの、監督の能力次第で、同じ素材でもあっても、想像の遥か上を行くほど面白くなったり、思わず唾棄したくなるほど下らなくなったりするんです。

 

「シャシンは、監督で観ろ」

 

といわれる所以は、まさにそこにこそあるんです。

・・・と、故スタンリー・キューブリックさんと仰っていました。

( ↑ 他人の言葉の受け売りかよっ!)

 

あっ・・・故・大島渚さんも同じようなことを・・・

・・・もう止めます。

 

で。。。

 

あらすじは、こんな感じ。


コレを読むと・・・

 

「あぁ、

 マルホランド・ドライブ

 分かり易くした感じだろ」

 

って思いません?

その通りだと思います。

 

なお、『マルホランド・ドライブ』は、「カルトの帝王」と呼ばれたデヴィッド・キース・リンチ監督自身のアイデアに基づくもので、脚本も監督自身が手掛けています。

監督がカルト、発案者もカルト、脚本もカルトっていう「カルトの三重奏」なんですから、コレで一度観れば理解できるようなシャシンに仕上がるわけがございません。

 

おかげで米国内での興行は失敗・・・

したのに、なんと米国以外での興行収入が米国内の2倍近くに達したおかげで、何とかトントンにまではなった模様。

 

これに対し、『シャッター アイランド』は、ベストセラーとなった同名のミステリー小説の映画化。

しかも、これを書いた小説家は、やはり映画化されて大ヒットした『ミスティック・リバー』を書いたデニス・ルヘインさん。

彼はミステリー小説の世界ではつとに有名で、米国のさまざまな賞を総なめにした売れっ子。

これでカルトになるわけがありません。

 

マルホランド・ドライブ』の5倍を超える製作費を米国内の興業収入だけでも楽々回収し、海外でも売上も順調な結果となりました。

 

両作品ともに、時間を逆行させるシーンが非常に重要な伏線となっています。

 

流石にベストセラー小説が下敷きになっているだけに、『シャッター アイランド』の場合は必要以上に時間をブツ切りにすることもなく、ミステリーを愉しむ程度に時間が前後するので自然に受け入れられるんです。

 

これに対し、『マルホランド・ドライブ』の場合は、そもそも時間軸に素直に従うストーリーそのものが存在しません。

しかも、ストーリーに無関係そうな第三者の話やら、空想シーンやら、誰の思い出なの分からないシーンやらが一見すると無秩序に配列されているかのように構成されているので、

観客の半分は、

途中で寝ていたんじゃないかしら?

 

ただし、どちらもシャシンが終わる30秒前まで目が離せなかったという一点だけを取り上げても、ミステリーとしてはスッゴク面白かったんですぞ。

 

シャッター アイランド』は、ミステリーの王道として、製作者側が責任をもって話を収めたのに対し、『マルホランド・ドライブ』は、あたかもプロレス技の「投げっぱなしジャーマン・ホールド」の如く、ストーリーは観客が好きに解釈しなよと、いつものリンチ監督っぽく

『ブン投げてきた』

という根本的な違いは厳然として存在するんですけれど・・・

 

いずれにしても。。。

 

アザゼルが愛してやまない『メメント』(監督:クリストファー・ノーランさん)や『ドグラ・マグラ』(監督:松本俊夫さん)のように、シャシンの終わる直前まで観客をあっと驚かせる仕掛けを用意してくるのが、ミステリーの醍醐味だと思うんです。

 

今回取り上げてみた作品、いずれもアザゼルの太鼓判付きでござる。

細かなことは、ご自身の目でお確かめあれぇ~