xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

歴史を題材にした小説について ~小説を読む理由は、歴史を学ぶためではない。。。っていうか、隆慶一郎さんも山田風太郎さんも読んではイケなくなるわけ!?

 

えっと。。。

 

ハングルを1mmも知りませんので、日本語訳の記事に基づく他はないのですが、朝鮮日報がわざわざウェブサイトのトップに掲載していたので取り上げてみましたぞ。

歴史小説や歴史ドラマの歴史歪曲(わいきょく)問題は、昨日今日始まったことではない。

 

・・・「歪曲」って言葉、トコトンお好きなんですね(笑)

 

歴史小説にせよ歴史ドラマにせよ、歴史の大衆化に寄与するというのはよいことだ。韓国の歴史を広く伝えて自負を持たせるという面で、前向きな現象ともいえる。しかし、歴史的実体を作家が恣意(しい)的に解釈してゆがめてはならない。歴史小説は歴史の本ではないのだから想像力が割り込む余地はあるが、想像力を発揮し過ぎて、あったことをなかったかのように、なかったことをあったかのように、実体をゆがめてよいだろうか。 

 

歴史の大衆化に寄与するために小説を書くっていうのも、なんというか動機として不純なような気がします、小説家として。

挙句に「自負を持たせる」だなんて、日本の某人気作家みたいで吐き気すら覚えますぞ。

 

寄稿者の主張を突き詰めちゃうと、

歴史上の事実とは何か?

という問題に至る。

 

コレは軽々に取り扱うべきような類の問題ではなく、フツーは軽くスルーしておかないと、小説なんかまったく書けない状況へと陥っちゃう。

 

例えば、日本の古代史においても、神武および欠史八代など神話にもならない絵空事だという主張がある一方、神武天皇は何代かの大王の事績をまとめたものであり、欠史八代についても卑弥呼以来の時間の流れを整合させるための調整弁であるとの主張もあったりする。

どちらの立場に立つのかによって、全然異なる小説が出来上がるのは、ある意味で必定。

 

 

さらに申し上げれば。。。

 

 

日本でも屈指の人気小説家となった、故「隆慶一郎」さん。

60歳にして小説家デビュー。

 

たちまち人気を得るも、学会などは言うに及ばず、著名な小説家からも一貫して無視し続けられるという状況にあったのは、彼の小説家として特異な経歴だけではなく、

一般に認められた歴史上の事実を無視した

点にあるのかもしれません。

 

藤沢周平さんは、隆慶一郎さんが62歳にして初めて直木賞候補となったとき、その選評において

『奇説も独断も大いに結構。

 だが作者は、考証以前に一度、虚構は細部の真実から成り立つという平凡な認識に立ちもどってみる必要がありはしないか。』

と記した。

要するに、お前の作品など小説以前の問題だというのです。

 

隆慶一郎さんの作品から、虚構を取り除いたら・・・何が残るというのでしょう?

おそらくソコに残るであろうモノは、

男子の男子による男子のための

極上の大衆文化

って感じかな。

 

「男の生きざま」だとか「人情噺」だとか、大衆(というか、歴史小説の読者のほとんどを占めるオジさまたち)に受けるであろうポイントを随所に散りばめ、ときにハラハラ、ときに号泣させる技を駆使して構築された世界は、なるほど、

売れるべくして売れた

といえるでしょう。

 

だって、もともとはテレビ番組の売れっ子脚本家(本名:池田一朗さん)であったという経歴からも、売れるポイントを押さえることぐらい朝飯前であったことは想像に難くありません。

 

また、東京大学文学部仏文科のご出身で、かつては中央大学でフランス語担当助教授の職にも就いていたという経歴からも分かるように、非常に高い文学的知識・知性に裏打ちされた巧みな表現と構成の妙を駆使することで、大衆向け小説でありながらも常に高い完成度を維持し続けたことも忘れてはならないでしょうね。

ちなみに、隆慶一郎さんを酷評した藤沢周平さんは、当時の山形大学をご卒業後に中学教諭となっており、経歴という意味では隆さんの足下にも及んでいません。

 

 

さてさて。。。

 

 

歴史小説を読む、その理由は何か?

要は「面白い」からでしょ。

 

歴史という、広く一般に知られた共通認識・知識を土台にしつつ、

えぇ、マジですかぁぁぁあああ!!

 とか

そうだよ、そうなんだよぉぉぉおおお!!

みたいな(ある意味で安っぽい)感動を手軽に得られる『道具』としては優れていると思うの。

 

 

まぁ。。。

 

 

カタイことを考えていたら、山田風太郎さんの作品なんか、微塵たりとも読めたもんじゃなくなる。

そうなると、アザゼルのように、

疲れたから、何も考えないで済むモノを読みたい

という目的でしか歴史小説を読む気にはなれない者は・・・ドーすればイイのでしょうか(笑)

 

 

というわけで。。。(←唐突)

 

 

こうした基本的な常識にも合わない歴史小説を書かれては困る。本を売り、金を稼ぎ、視聴率を上げたいという商業的な計算を優先して歴史を軽く考える態度は捨てるべきだ。歴史を勝手に歪曲し、でっち上げるのは、無責任を通り越して、正しい歴史教育に逆行する犯罪にほかならない。

 

こんな意味不明な議論で騒ぐのは、日本大使館前での抗議行動ぐらいにしてください。

・・・っていうか、古代史について、某半島ではマトモな歴史書が揃っていないという実情は無視ですか???