xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

温故知新(その25) 「日本残酷物語〈1〉貧しき人々のむれ」を読む ~日本は、過去のような貧困から完全に脱却できたといえるのだろうか?~

平凡社ライブラリーに収められた、かつての日本の貧困をテーマとしてまとめられた一冊。

再刊されて以来、小林多喜二の「蟹工船」ほどではないにせよ、コンスタントに売れているらしいのです。

 

 

 

さてさて。。。

 

 

 

この本のキャッチはこんな感じ。

 

 日常的な飢え、虐げられる女や老人、掠奪やもの乞いの生涯、山や海辺の窮民…
 ここに集められた「残酷」な物語は、かつての日本のありふれた光景の記録、
 ついこの間まで、長く貧しさの底を生き継いできた人々の様々な肖像である。

 

一番酷い死に方は"餓死だと聞いたことがあります。

日常的に飢えに対する恐怖を感じるような状況に置かれたとき、人間の思考・判断がどうなるのか?

 

 

答えは決まっています。

他人の所有物を奪って飢えをしのぐ。

 

この本で語られている物語は、著者の創作ではありません。
徹底したフィールドワークの結果、各地に点在する”物語”を収集することに成功したものです。

 

この本が上梓されたのが1959年。
当時は、村の古老たちには、まだこういった話が連綿と口伝えで残されていたのでしょうね。

 

 

感想としては、「本当は怖い○○○童話」などを読むよりも、こちらを読んだ方が遥かに面白い。
本当に追い詰められた人々の話ほど興味深いものはありませんもの。

 

 

人間の“生”への渇望と情念。
そのドロドロとした生きざまそのものが、この作品で語られているのですから。

 

 

社会の最下層で蠢くことを余儀なくされた者たちの慟哭と絶望。
そういった社会の下層に固定化された者たちへの嫌悪と恐怖。

 

 

先進国と呼ばれて久しい我が国において、ほんの100年前には公然と行われていた身売りや口減らし。
蓋をして見えないようにしてきた歴史への興味と憧憬。

 

 

この作品を読んだ後、こんな感情が混然一体となって心に渦巻く。
でも、決して陰鬱さに落ち込むようなものではなく、ある種の清涼感さえ感じさせてくれます。

 

 

 

ところで。。。

 

 

 

最近では「貧困」をナマポと読んであげつらう向きが強くなっている昨今。
そのような風潮に、ある意味で当然だと感じています。

 

我が国でも“貧困”あるいは“生活苦”といった言葉が、一般人の生活にまで実感として入り込んできているのですから。
ネトウヨさんたちには、ナマポはさしずめ、この作品に登場する村全体が山賊や海賊だった物語の村民に見えるのでしょう。

 

 

・・・歴史は繰り返す・・・

 

 

この発展した社会は、本当に飢餓を克服したのか?
飢餓の歴史は不可逆なものとして、過去の物語としてしまって良いのか?

 

 

その答えは四半世紀とかからずに、我々の目の前に提示されるような気がします。