xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

温故知新(その22) アルヴォ・ペルト「鏡の中の鏡」を聴く ~ミニマリズムの一つの到達点~

ミニマリズムと聞いて、メルロ=ポンティのことを語るのかと思われた方。
鋭すぎますぞ(笑)

 

 

メルロ=ポンティのことを軽々に語るほど、厚顔無恥ではござらん。
笑われちゃうだけですものね。

 

 

記号による認識、そして知覚の問題って面白かったけど、所詮は初学者の手慰みレベル。
語れば、即、化けの皮が剥がされるって感じです。

 

 

 

さて。。。

 

 


今回は、アルヴォ・ペルトの「鏡の中の鏡」
静かで・・・本当に静かで穏やかな作品。

 

 

中古cdショップを徘徊しているとき、この作品が入っているアルバムを見つけると必ず購入します。
理由は演奏家によって全く別物といって良いほど異なる"音"になるから。

 

 

そんなの当たり前だろって?
残念ながら、そうでもないんです。

 

 

交響曲などと大きく異なり、この作品の場合、音の数が極端に少ないからこそ、演奏家による解釈の差というものがハッキリと“音”という現象を通じて認識できちゃう。
これは自己の記憶というフィルターを通すことで得ることのできる知覚。

 

 

これって面白くありませんか?

 

 


で。。。

 

 


この作品、最初にCDを購入した理由が「鏡の中の鏡」というタイトルに惹かれたから。
このタイトルを見たとき、

 

「あっ、ゲシュタルト・・・関係性・・・」

 

って感じたんです。

 

で・・・購入して聴いてみると・・・
これが“超”が五つぐらいつくぐらいに素晴らしいお買い物だった。
(大袈裟過ぎ・・・)

 

 


まあ。。。

 

 

 

どの演奏家の手によるものでも良いので、まだお聴きになっていらっしゃらない方は、是非お聴きになって。

ああ、こういう音楽もあるのだなって、きっと思えてくるだろうから。