xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

温故知新(その11) ジャニス・イアン「17歳の頃」を聴いて感じたこと ~この曲を含むアルバム「愛の回想録」はマジでヤバイぐらいの完成度~

えっと。。。

 

また中古CDショップでたまさか手にしたものでござる。
ジャニス・イアンなんて歌手は知らなかったけど、原題の”between the lines”に臆面もなく「愛の回想録」という邦題を付けちゃった”超”感覚っていうか、ベタベタな昭和の臭いを嗅ぎ取って購入したという次第。

 

自宅に帰って、さあ、ダッサイ曲を聴いちゃおうかなぁ~(笑)って感じでCDをかけたら・・・
ハッキリ申そう
このCD、スッゴイ完成度っていうか、素晴らしいでござるよ!

 

特に、この「17歳の頃」っていう曲。
思わず「アンタ、ホントにアメリカン?」
って、イアンに聞いてみたくなるぐらいに陰湿で内省的。

 

どんな曲かっていうと・・・

 

17歳の頃、本当のことを知ったわ
愛なんて言葉は
美人コンテストの女王
透き通るような笑顔の女子高生
さっさと専業主婦に収まっちゃうような子
そんな可愛い子のためにある言葉だってことを

バレンタインなんて、まったく縁がなかった
金曜の夜のパーティなんて、キレイな子のためのもの
そう、本当の意味を知ったのは、17歳の頃

美人でもなければ、愛嬌もない
そんな子たちは 惨めに家に引き籠り
架空の彼から「ダンスに行こうよ!」
そんな電話がかかってくることを妄想して
彼が耳元でささやく愛の言葉さえも一人で呟いていた
そんな17歳の頃

お下がりの服を着ていた茶色の目をした子
どうしても上手く名前が発音できなかったけど・・・
その子が言っていたわ
 「善人は救われるのよ
  誰だって、自分が与えた以上のものは得られないのだから」

地元じゃ、ご令嬢なんて呼ばれている子は
自分が欲しいものを手に入れるために結婚する
社会的な地位と老後の安定のための後ろ盾欲しさに

だけど、成功の裏側で、その子が手にするものは
欲しがった後ろ盾の保証書と
愛を失った者への不誠実の烙印

そんな子を小さな街の住人は
呆れた眼で見ているわ
得たもの以上に支払わされている無様さに

いくら望んでもやってこない幸せへの痛み
代表メンバーの発表で名前を呼ばれなかった苦しみ

それは遠い昔の思い出
周りの世界は、今よりもずっと若く
みにくいアヒルの子に自由になるものは
ただ夢をみることだけ

一人きりでゲームをして、現実から逃避していた
妄想で作り上げた恋人との電話
もっと別の人生を送れたはずだと悔やみながら
ダンスに行こうよ!」と彼から誘われて
彼が耳元でささやく愛の言葉まで一人で呟いていた
みにくいアヒルの子だった17歳の頃

 

(テキトーに個人の趣味で訳したので、それ違うだろう!っていうお叱りは何卒ご容赦を・・・)

 

それにしても、ジャニス・イアン・・・
日本で生まれていたら、きっと山崎ハコって名前だったんだろうな(ウソ)

 

美人や令嬢が零落するのを、オオカミのように大きく割れた口から涎を垂らしながら、今か今かと待ち構えている、美人とは縁遠い子。

 

これはもう、巨大な村社会と揶揄される日本社会に暮らす者たちに内在する、陰湿、粘着、嫉妬とも共鳴するところは大でござろう。

 

調べてみると・・・( ̄▽ ̄)
この曲、日本で大ヒットしていた!

 

ホント暗いなぁ、日本人の性根って。
普通は敬遠するでしょう、こんな山崎ハコみたいな曲。


でね。。。


こんな米国人にあるまじき情念の塊のような歌を聴いたとき、何故だか脳裏に浮かんだのが、

 花の色は
 うつりにけりな
 いたづらに
 わが身世にふる
 ながめせしまに

という歌。

 

誰でも知っている、古今和歌集に収められている小野小町の歌。
花の命は短いけれど、女の命は長い・・・なんという残酷な現実なのでしょう。

 

もっとも、男の方だって

 花は皆
 眺めせしまに
 散り果てて
 我が身世にふる
 慰めもなし

 (静仁法親王

と歌っているから、男女を問わず、古今を問わず、「もののあわれ」という心情は連綿と受け継がれてきたと解釈すべきなのかもしれません。
もちろん、現代の日本においても。