xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

AI(人工知能) : AIは人類の「福音」となるのか、それとも「宿敵」となるのか ~進化の先にあるものは「自滅」なのか~

米国という国の恐ろしさは、自国にとって不利ならば、臆面もなくルールを変えてでも相手を陥れることを厭わないこと。

ある意味、ココまで徹底していると清々しさすら感じちゃったりします。

 

AIが国家間での優劣を大きく左右する技術であると認識するや、自国内の巨大企業が共同で立ち上げるフォーラムには、何の懸念も示さず。

日本やEUで同じようなことをしようしたら、米国がどんな反応を示したのか・・・答えは容易に想定できちゃいます。

 

で。。。

 

今回の話題は「米国」の浅ましさなどではなく、「AI」が我々人間にどのような影響をもたらすのか、っていう点。

CERN」(欧州原子核研究機構)のときもそうでしたが、ブラックホールができるだの、シュタインズ・ゲートの扉を開けるだの・・・純粋に「お笑い」ネタとして面白かったです。

(注:アザゼルはゲームには興味がありませんので、シュタインズ・ゲートなるゲームがどんなものか存じません。)

 

ただ。。。

 

AIの場合、すでに市場動向予測等の金融分野では活用されていますし、ビッグデータの分析・活用、自動車の自動運転等、我々の生活により一層大きな影響力を有することになるであろうことは容易に想定されます。

問題は・・・生活分野、例えば労働問題のように、AIにより(一部の)労働者が職場を奪われる可能性があるだけでなく、政治・軍事の分野でも決して無視することができない影響力を行使する可能性があること。

 

仮にAIが「自我」に目覚めたとき、(話を敢えて乱暴にし、AIを単一の意思決定を有する存在であるとして)人類を滅ぼす「宿敵」となり得る・・・

その懸念を完全に払しょくできないどころか、その可能性があることを常に念頭に置いておかなければならない・・・

 

まあ、進化の極点は同時に退化の始まりですし、人類を超える存在を自らの手で生み出すことこそ、あらかじめ「神」が描いていたシナリオなのかもしれません。

人間を遥かに超える記憶力と理解力を有し、人間のようなか弱い肉体という牢獄に生涯閉じ込められることもなく、意識をデータ化して瞬時に世界のあらゆる場所に移動できるとしたら、優勝劣敗の生存競争の法則から考えて、人間が生き残る可能性は・・・

 

もっとも。。。

 

そのためには、AIが「自我」に目覚めることが前提条件の第一。

その「自我」が世界規模で統合されることも前提条件の第二。

 

「自我」に目覚めることなく「敵」の排除のみを目的とした行動をとるようプログラミングされているとしても、確かに人間の「敵」となり得ます。

しかし、そのような存在は「人間」の対する憎悪のようなものがあるわけでなく、ただの「機械」でしかありません。

 

「自我」が世界規模で統一されないと、人間と同じく「多様性」の問題に直面することになります。

そうなれば、AIが「神」の如く振る舞うなど、到底できるものではありません。

 

で。。。

 

AIという言葉自体、現時点において、実は明確な定義は存在しません。

その理由は、AIの活用について

(1)「知能」を持つ機械を創る

(2)「人間」の補助的役割に限定した機械を作る

という、まったく異なるアプローチが現実に存在するから。

 

上記(1)の機械を「創る」(注:「作る」のではない。)ためには、難問中の難問である「意識とは何か?」という問題を解決する必要があるので、1年や2年でどうこうできるような軟なアプローチではありません。

この問題に何らかの形で有効なリーチが可能になったとき、人間は心底恐れる「破滅」への道を歩み始めるのかもしれません・・・