xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

『「日本人は働き過ぎ」って本当? 調べてみた。』を読んでみた。 ~イイタイコトは分かるし、理念としても正しいのだろう。でも、現実を動かせる力があるとは思えない~

フムフム。。。

 

この記事のポイントは、このグラフでござるよね。

要するに・・・

労働単価は一定のままなので、

(労働単価(変わらず))✖(労働時間(減少))=(年収(減少))

言い換えれば、図らずも日本ではワークシェアリングが進んでいたという、

政府の思惑どおりの展開

になっていたというわけですね(笑)

 

ただ・・・ブロガーさんの仰るように

雇用流動性が高まれば、賃金は上がる。

なぜなら転職がありふれた社会では、ある企業が人材を集めるために給与水準を上げた場合、他の企業は人材の流出を防ぐために賃金を同水準まで上げるしかないからだ。

賃金を高くする方向に競争が起きるので、結果として労働者の収入は増えるはずだ。

 という箇所にはチト同意はできないかな。

だって、この論拠が成立する前提は、企業が必要とする「人材」が巷に多く存在するってことになるんだけれど、

企業が必要とする「人材」って、思うほど多くない

しかも

「雇用流動性の向上を図る」前提に「企業による解雇の自由度拡大」が含まれていないのは無理がある

んじゃないかしら。

 

もし、わが国において労働基準法をはじめとする労働法規が抜本改正され、ホントに雇用の流動性が大幅に緩和されたら、経営陣は(株主からの強い要求もあり)余剰人員をバッサリ切ちゃって、

巷には職を失った中高年が溢れる

多くの労働者は低賃金を受け入れざるを得なくなる

って弊害の方が大きいような気もしますぞ。

 

余人をもって代えがたいような高度なスキル・ノウハウを持った人間なんて、全労働人口の1割もいないじゃない。

それほどの方なら確かに労働単価は上がるかもしれないけれど、わが国の労働者全体での賃金総額は急激に減少する・・・そんなモンじゃないかなぁ~って。

 

今の中高年労働者の大半は、雇用流動性(というより解雇の自由度)が抑制されているからこそ、雇用が確保されているのであって、雇用流動性の向上に諸手を挙げて賛成なんかするわけがないと思っているの。

 

そもそも雇用流動性の向上に何の恩恵も受けないであろう大半の中高年労働者層にとっては、自分の部下が突然いなくなるおそれが高まり、老後まで企業年金に頼らざるを得ないのに会社の立場を悪化させるようなモノに賛同するわけもなく、

余計なコトはするなっ!

と反発してくると思うぞぉ~

 

この手の議論は

同一労働、同一賃金

が、理念としては受け入れられても、日本でいつまで経っても実現できていない、というのと同じ構図じゃないかしら。

つまり・・・

労働者の敵は、

(既得権を持っている)労働者

 

既得権の壁は、万里の長城など比較にもならない堅固な壁。

コレを打ち破る・・・そんな無駄な抵抗はサッサと諦めて、自分の幸せを見つけるために青い鳥を探しに行った方が生産的かもしれませんぞ。