xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

映画『帰ってきたヒトラー』、観てきたよっ!(その1) ~映画の感想を書く前に、チット申し上げておきたいこと~

社会における『融和の困難さ』について、「笑い」という角度から辛辣なまでに切り込んだ映画を語るにあたり、どうしても初めに申し上げておかなければならないことがございます。

 

先日発生した、バングラデシュの首都ダッカにおいて武装集団が飲食店を襲撃し、日本人を含む人質20人と警官2人が殺害された事件について、お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

そして、この事件が、日本とイスラム過激派では、全く異なる見方が成立し得ることに留意が必要であると思えるのです。

 

事件の背景にある宗教的不寛容さ、例えば、「異教徒は、その存在自体が神を冒涜する許しがたい『罪人』であり、神の名において世界から駆逐すべき対象である」とする考え方は、人道主義や民主主義の立場から論外であると言ったところで、宗教が生活様式を支配する立場の者にとっては、表面的には同意しつつも、果たして心底同意できるのか・・・正直、疑問です。

(それがイスラム教徒でもキリスト教徒でも仏教徒でも、もちろん、神道を奉じる者であっても、何も差異はありませんよね。神道だって先の大戦時、八紘一宇を是としたこと・・・忘れちゃダメですよぉ~)

この宗教的不寛容さって、実は、ことさら宗教に限定されたものではなくて、人間の一般社会に根付く不寛容、すなわち、融和の困難さと大きな差異は無い・・・というより、親和性が高いことにも留意が必要かと。

 

眼を転じれば、同じ国、同じ民族の間でも、階級、経済力、世代、地域などの格差あるいは断絶の闇の深さは、この日本に住まう者にも、今では皮膚感覚で理解できるようになってしまったもの。

単純な論評はミスリードを招くだけなのでしょうが、遠く離れたGBの国民投票の結果、"Brexit"が民意として示されたのを、マスコミっぽく大袈裟に取り上げるのは好きにはなれないけれど、決して軽視すべきではない・・・

 

かつて水野和夫氏が「資本主義の終焉と歴史の危機」において喝破したように

 金利=0

 (リスク負担考慮後の)利潤率=0

 ∴ 資本主義は死に至る

という構造がもたらす混迷の未来なのか・・・

ちなみに、金利がゼロ(どころかマイナス金利)というのは、資本主義の根幹たる「資本」の自己増殖を否定するものであり、(社債金利が長期債でも小数点以下という、信じられないほどに低くなったということは)企業の使命である利潤の極大化が事実上実現できない社会(というより、正確にはシステムとしての社会構造)に陥ったことを如実に示す、というのが水野氏の主張。

(すでにこのブログで書いたので、ピケティの「21世紀の資本論」は取り上げません。)

 

当然のことながら、利潤率=0に近づくということは、企業活動でみれば、設備投資は最大でも過去の獲得利益からしか行わないことを意味しており、金融システムを利用して資金導入を図る動機が無いことになります。

なぜなら、新規の設備投資は、即、過剰設備になってしまうのですから。

 

つまり。。。

 

経済活動を維持するために必須となる資本の蓄積=拡大再生産が不可能という悪夢のような社会が現出していることになる。

コレで社会が平穏無事で済むわけがありませんよね、だって社会システムそのものが機能しなくなってきたんだとしたら・・・

 

水野氏の主張で忘れてはならないのが、

 「資本主義とは何か」

いう再定義の投げかけ。

支配領域を「中心」(コア)と「周辺」に分割し、「周辺」から収奪(注:水野氏は「蒐集」と称しておられますが、敢えて分かり易く「収奪」と書きます。)し、「中心」(コア)に集中させることによって成立する経済・社会システムであると彼はみなしたわけ。

時代によって、重商主義帝国主義植民地主義)、自由貿易主義と呼称は変わっても、その本質は何ら変わりは無かった。

 

現在は金融とITの融合を中核とするグローバル化の波が世界を覆っても、その本質は維持されている。

しかし、よくよく考えてみれば、電脳世界というネットに新たな金脈を見つけたまでは良かったが、ネットによる仮想通貨であろうとも、現実世界での通貨価値の裏付けがあったればこそ意味を持ち得るのであって、資本蓄積の出来ない社会にあっては、ネットが無尽蔵の金脈たり得るはずがないのに・・・

 

さてさて。。。

 

EUというブロック経済圏を創り上げ、事実上、EUの盟主として盤石の地位を築き上げたドイツ。

そのドイツに、社会を覆うような矛盾や民衆の憤りなどは無いのでしょうか?

 

この映画は、現代ドイツを舞台にして、その矛盾を炙り出しているんですが、それは(そのままではないけれど)日本にも当てはまることだったりするから、いい意味で厄介な映画。

資本主義の終焉に登場するのは、先導者なのか、それとも最悪の煽動家なのか、まずは御笑覧あれぇ~