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xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

プロレスの淫靡で甘美な世界 ~形がない、ルールがない、だから、縛られない~

 

えっと。。。

 

フムフム・・・勉強になるなぁ~と思いつつ読了。

ココまでお好きとは・・・頭が下がる思いでござるぅ~

 

さてさて。。。

 

プロレスの素晴らしさって、何だと思われますか?

アザゼルは、

「オマエさぁ、あの試合、知ってる?

 スゲェーんだよ、マジ洒落になんないよ」

とか

「アイツ、ホント、天才以外の言葉が出てこんわ

 あり得ないって言葉はアイツを指すんだろうなぁ」

とか

「ねぇねぇ知っている、知ってる

 あのヒト、もうサイコーにイケてるのよ」

とか

「ヤバイ・・・

 惚れちゃった・・・」

とか、大の大人がワイワイ、それこそ自分の言葉で語れる

(それがリアルであれ、妄想であれ)

っていう点にこそ、あるんじゃないかと勝手に思っているのでございます。

 

プロレスの空間は、「ハレ」の場であり、「非日常」を演出する時間。

日常から遠く離れた時空間での出来事だからこそ、己の言葉で自由に語ることができると申せましょう。

 

俺だけの時間、私だけの空間

ともすれば八百長だと誹りを受ける「非日常」性を有するが故に、解釈の自由度はルールに縛られた伝統的なスポーツなどでは到底到達できない領域へと至る

 

アザゼルは、そんな風に感じているのです。

そして、そのとき覚えた想いを、誰の言葉でもない、自分だけの言葉で朗々と語ろうとも、楽典の如き決められた形が無いだけに、誰も否定することができないんですもの・

 

プロレスを「八百長」呼ばわりするのは許せない!

そんなことを未だにブログや呟きで書いちゃう方もいらっしゃるけれど、そんな疚しさがあるからこそ、例え「知の巨人」立花隆氏ですら、プロレス人の言葉を躍起になって否定しようとしても、どうしても崩せない壁になり得たことを忘れてはダメよ。

 

アザゼルなら、こう言っちゃうな。

「プロレス?

 大好き。

 この想いだけは否定させないわよ、例え、それが誰であったとしても」