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xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

「リグ・ヴェーダ賛歌」(辻直四郎)を見つけた・・・ ~もっと読むべき本はあるのに・・・ダメな子~

コレ、一度手に入れたのに無くしちゃったんです。

でね、先日、古本屋さんで見つけってわけ。

 

サンスクリットだとか、古代インドだとか、殊更に興味があるわけではないんです。

ただ・・・このリグ・ヴェーダ賛歌(ただし、一部のみの抜粋版)が好きなの。

 

この神羅万象について語ろうとする姿勢なりが、ウィットゲンシュタインの「論理哲学論考」っぽく感じられるから。

  1. 世界とは、事実の総体である

  2. 事実とは、幾つかの事態が成立していることである

  3. 事実の論理上の像が、思想である

  4. 思想は、意義を有する命題である

  5. 命題は要素命題の真理関数である

  6. 真理関数は、一般に[\bar p,\bar\xi, N(\bar\xi)]と記述される

  7. 語り得ないことについては、沈黙するほかはない

ほらね。

今思えば・・・数学基礎論ぐらいガッツリやっとけば・・・(反省)

 

そういえば。。。

 

たぶん8年ぐらい前、つまり高校の頃なんだけど、初学者向けにウパニシャッド哲学の概略を説明した本を読んでいた記憶が残っています。

ウパニシャッドって、神秘主義的だし、ブラフマンという神羅万象(宇宙)を支配する原理との合一、梵我一如の境地へと至り、永遠の存在という次元を超えた存在(自在天)に成る・・・その当時は魅力的に思えたんですよねぇ~

 

ブラフマンアートマンという言葉、この手の話がお好きなら、一度ならず耳にされたことがおありのはず。

宇宙を宇宙たらしめている原理と自我を自我たらしめている原理が、実は本質的に同一のものであることを瞑想のうちに体感せしめることにより至ることのできる境地ってものを見てみたいって思ったんです。

 

時代が時代なら、オウム真理教の麻原尊師とかいうトンデモ教祖に引っかかって、電車でサリンをブチまけていたかも・・・ウソです、ゴメンナサイ。

でも、次元を超えた存在なりたい、というのは、いつも時代でも見果てぬ夢として、一部の人々を魅了し続けるのでしょう。

 

ただし、ウパニシャッドのめざすところが、対象と自己を同一であると直観できれば、その対象が持つ能力を自己のものとできる・・・と理解したとき、

胡散臭ぁ~い!

って思っちゃったんです。

ぶっちゃけ、そんなわけないもん!

 

そうは言っても、かつて我が国でも行われた即身成仏も、基本理念としてはウパニシャッドと同質のものなのでしょう。

仏と一体に成りたい!って思ったんでしょう、きっと・・・

 

よく言われることだけど。。。

 

古代ギリシアにおいて哲学が生まれたのは、神秘主義的思考から脱却(否定)できたため、古代インドにおいて哲学が生まれたのは、神秘主義的思考を極限にまで追求したため。

哲学とはいっても、ギリシアとインドではその成り立ちと基本思想は対照的。

 

 

・・・って何の話をしてんだろう・・・

 

 

全然まとまりのない話になっちゃったぞ・・・

もう寝ます。

 

お休みなさい。

良い夢を・・・