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xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

映画「おみおくりの作法」を観る ~静かで品のあるシャシン、地味なのに全く退屈させない脚本の質の高さ~


身寄りのいない人の葬儀を取り仕切る公務員のドラマ!映画『おみおくりの作法』予告編 - YouTube

 

実は、この映画、観るつもりはなかったんです。

観ようと思ったのは・・・

アメリカン・スナイパー

そう、話題のクリント・イーストウッド監督作品。

 

彼の作品ならハズレは有り得ないし、払ったおカネと費やした時間の分はお釣りがついて帰ってくることは確実!

・・・なんだけど、いざ映画館の前に佇んでいると・・・気が乗らないの。

 

ドーしてなんだろう・・・

どうせ、いずれは観るんだけど、その時は・・・そんな気分になれなかったんです。

 

だけど、映画は観たい。

戦争モノのようなバンバン打ち合って大音響で非日常を描くようなものじゃなく。

 

・・・あった・・・

コレがイイんじゃないかしら?

 

選んだのが、今回取り上げた「おみおくりの作法」

コレを選んで良かったぁ~って、心から思える作品。

『ベラミ 愛を弄ぶ男』などのプロデューサー、ウベルト・パゾリーニが監督を務め、身寄りのない­人の葬儀を行う地方公務員の姿にスポットを当てた人間ドラマ。

『戦火の馬』などのイギ­リスの実力派俳優エディ・マーサンを主演に迎え、心を込めて死者を弔う孤独な男の生き­ざまを描く。

主人公が淡い思いを抱く女性を、テレビドラマ「ダウントン・アビー ~貴族とメイドと相続人~」などのジョアンヌ・フロガットが好演。

人生の最期にまつわ­る、ほろ苦くて切なく優しい物語に魅了される。

 

静かに、ただ静かに、地味だけど、とても地味だけど、ほんの一瞬だったかもしれないけれど、輝くときがある。

それが人生が終わった後であっても・・・

 

ニーチェの馬」を観たときもそうだったけれど、こんなのツマラナイ、退屈だというのは、むしろ容易い。

ツマラナイ・・・ホントにツマラナイのは自分の人生なのかもしれないのに。

 

終わりなき日常が、ある日、終わる・・・

 

終わることがない、そんな風に思っていた日常は、必ず終わるときが来る。

それが死ぬ時であっても、そうでなくても。

 

終わりなき日常から解放されたとき・・・

訪れるのは喜びなのか、それとも、絶望なのか。

 

ニーチェの馬」と「おみおくりの作法」は、まったく異なるアプローチでありながら、ボクには、同じ問いに対する、異なる答えを提示した映画だと思える。

 

安っぽいヒューマニズムに堕することなく、たった一人で寒風吹きすさぶ荒野に屹立する巨人のごとき厳しさを表現してみせた「ニーチェの馬

平平凡凡として地味でありながら、作品の品位を貶めることなく、孤独死を遂げた者たちへの暖かい眼差しを表現してみせた「おみおくりの作法」

 

何人も終わるときがくる・・・

否、その運命から逃れる手段はない。

 

それが分かっていながら、生きるという選択をしなければならない。

・・・何という矛盾・・・

・・・あるいは、だからこそ、生きる意味があるのかもしれない・・・

 

この問いに対する相反する2つの答え。

いずれも素晴らしい作品だといえると思うんです。