xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

ターザン山本「煩悩菩薩日記」(2014年9月14日) ~スタイリッシュな言い訳の極意は、哲学風味をまぶすこと!?~


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まずは、ご覧あれ。

地球の自転運動に支配されて1日がある。それも寸分の狂いもないのだから始末が悪い。

もうすぐしたら明日が来る。明日になる。
 
生きることが、生きていることが半分、義務感みたいなものだ。
誰のための、なんのための義務感? わからない。

無自覚、思考停止の義務感。毎日が、1日、1日が終わりなき各駅停車という名の繰り返し。
 
いい加減、飽きるよ。しかしいくら飽きてもそれに代わるものがない。

もはや生きていること自体がひとごとだ。無抵抗。
 
それがあるから、それが嫌で競馬をする。負けることはわかっているのにね。

またしてもお金をなくした。その繰り返し。生きることは拷問だ。
 
逃げたつもりになって競馬をするがそのたびに逮捕される。

時間が私をあっさり逮捕するのだ。逮捕したからいってどこに私をぶち込むわけではない。
 
すぐに釈放する。私を時間の奴隷にするためだ。

そこであきらめる。明日、また生きるしかないとね。

 

生きていることがどんなに貴重なことか? これは特権だ。

ところがこの特権には実はなんの見返りもない。いっさい見返りがないのだ。

 

よく、こういう仕組みを神は人間に与えたよな。
おおおおおおお、私はなぜ、死なないのだ? 生きているんだ?

 

もしかしたら私という存在は単に時間を証明するための秒針に成り下がったのか?
そうだ、俺は痩せ細った貧相な秒針野郎だ。

 

スゴクないですか?

このギャンブル狂いの言い訳。

 

宮台さんの「終わりなき日常を生きろ!」という感じもするし、時間論的な香りすらする。

ご本人はサイテーな人間なのに、なんと感性豊かで抒情性に溢れた文章をお書きになるのでしょう。

 

これだけ洗練された洒脱な言い訳なんて、そうそう吐けるものではございませんぞ。

是非、これからも自堕落で自滅的な日記をお続けになることを心中より期待いたしております。