xlab’s diary あやしい時代

感じたことを、感じたままに

「プロレス」および「格闘技」関連の記事は、コチラからご覧くださいませ。 ~カテゴリー選択「プロレス!」~

 

台湾東部大地震 : 義援金を送りたくとも、その受付窓口が見当たらず、思わず「難民」化した件 ~あやしい受付窓口はたくさんあるらしいので、ご注意を~

 

台湾東部で発生した大地震

お亡くなりになった方々のご冥福をお祈り申し上げます。

また、被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

 

 

 

 

わが国でも、東日本大震災はもとより、昨年は熊本地震で非常に多数の被災者を出すなど、地震による傷跡は大きく口を開けたままであり、癒えたなどとは到底申せるような状況にはございません。

 

 

未だに仮設住宅での非難を余儀なくされていらっしゃる方々は、日本には10万人を大きく超える方々がいらっしゃることを忘れてはなりません。

 

 

 

しかしながら。。。

 

 

 

『困ったときに助けるのが真の友』

と申します。

台湾を助ける前に自国民を助けるべきではないか、という考えが決して分からないわけではございませんが、自身が苦しい状況であろうとも、困っている隣人を見捨てるような真似は、誇りある日本人がとるべき態度ではないと思うのです。

 

 

余談ながら・・

東日本大震災の際に台湾が助けてくれた(たくさん義援金を送ってくれた)から、その恩返しで寄付を!という論調には同調したくありません。

 

 

確かに分かり易い理屈でしょうが、そんなことを言ってしまえば、失礼ながら貧しい地域の国々の方の場合、義援金を出したくても出せないのですから。

それに、そんな理屈が通れば、逆に

「かつて出してくれないところには義援金は出さない」

ともなりかねないのですもの。

 

 

 

ところで。。。

 

 

寄付しようにも、その窓口が見当たらない状況に苦慮しております。

 

 

 

 

アザゼルが寄付をする際に通常使用している日本赤十字は、今回の台湾東部大地震に対する海外義援金の受付を開始しておりません。

 

 

 

 

まさか・・・

寄付を受け付ける窓口が見当たらずに「難民」になってしまうとは・・・

 

(´・ω・`)ショボーン

全日本プロレス : 大変だよ!みんなぁ! あのヨシタツさんが・・・諏訪魔さんと石川さんの超大型コンビを撃破しちゃって、宮原さんと「世界タッグ」を戴冠しちゃったぞ! ~やっていることは新日時代と変わりないけれど、あんなに屈託なく楽しそうにプロレスをやっているヨシタツさんが輝いて見えます~

 

第79代王者 
 諏訪さん & 石川修司さん

 

お二人の体重、合わせてリアルに250kg!

日本人コンビとしては異例ともいえる超大型コンビ。

 

 

そのお二人を、あのヨシタツさんが撃破するなど、誰が考えたというのでしょうか。

宮原さんとのコンビ、失礼ながら意外なほどスイングしています。

 

 

おめでとう!

ヨシタツさん!

 

 

 

 

 

もう貴方は

 

塩分濃度MAXの真っ白な戦士

 

なんかじゃありません。

 

 

でも・・・

あの試合後のマイク・パフォーマンスは・・・

マジ、ダサいです。

 

 

(* ´艸`)クスクス

新日本プロレス : ブシモ×新日本プロレスリング 記者会見 ~『重大発表!』なんて煽るから「新日本をWWEに売却かと!?」と思いきや・・・~

 

 

いやもう肩透かしのレベル、チット度が超えてるでしょう、コレ。

 

 

スマホ用のプロレスゲーム作るぞー!

 

というわけで・・・

 

一緒にゲーム作ってくれる会社

大募集しちゃうよー!!

 

 

って・・・

 

 

コレのどこが『重大発表』???

 

勝手にやってなさいよ!

 

 

こんなズッコケ企画、いくらオーナーだからって・・・

しかもシーズン中の内藤さんを仙台から呼び寄せるという荒業まで・・・

 

 

 

っていうか。。。

 

 

  

内藤さんと木谷オーナー(このお二人、実は手が合うんです)の掛け合い漫才がなければ、メッチャ地味な記者発表。

興味は、会見の後、内藤さんが東スポの岡本記者さんを緊急招集してのファミレス説教ぐらいなんじゃないかしら。

 

 

挙句に。。。

 

 

今度は団体自ら

  ファイプロ潰しですかぁ~?

 

  (* ´艸`)クスクス

 

 

 

だし。。。

 

 

 

ゲームを全くしないアザゼル

どんなゲームだったら面白い(かもしれない)か考えてみませう!

 

 

もっとも・・・

WWE2Kには勝てないから主戦場のPS4を捨て
スマホに限定するという姑息さが漂う感じ・・・
嫌いじゃないです。

(と、さりげなくdisったところで (〃艸〃)ムフッ)

 

 

(1)課金アイテム最強設定

 

「課金アイテム」無しには・・・

IWGPヘビー級王座を奪取どころか、挑戦することすら絶対に不可能

それどころか、G1を制覇することも、NJCを制覇することも不可能

 

 

気付いたときには

「あれ・・・

 課金アイテムで・・・

 PS4Pro 買えたじゃん」

 

 

(2)もちろん課金ガチャだらけ

 

強技の出現率   : 10%

レア技の出現率  :   1%

超レア技の出現率 : 0.1%

最高レア技の出現率: 0.01%

 

 

さらに

 

 

黒のカリスマ 蝶野正洋選手の出現率: 0.001%

 

 

 

全盛時代の橋本真也選手の出現率  : 0.0001%

 

 

全盛時代の前田日明選手の出現率  : 0.00001%

 

 

全盛期のアントニオ猪木さんの出現率: 0.000001%

※これが「1・2・3、ダー!」が最初に登場するシーンです。

 最後の最後に出てきます。

 

 

気付いたときには

「あれ・・・

 今年の賞与・・・

 残高ゼロになってる」

 

 

「沈黙」(遠藤周作)を読み直す ~もし、この作品に出合わなければ、私の人生の半分は色褪せてしまっていたでしょう~

沈黙 (新潮文庫)

 

 

 

 

神を信じ、神の言葉を実践している「よき人」

「義人」だと称賛される方が、どうして災厄に襲われるのでしょう。

 

 

 

それは「神がいないから」?

それとも、「神の定義が間違えていたから」?

 

 

 

 

この問題は、次のように言い換えることも可能です。

 

 

 

神の存在を、人間は証明できるか?

それとも、人間には神の存在を証明することなど永遠に不可能なのか?

 

 

 

例えば、旧約聖書ヨブ記

その問題を解決しようとして、見事なまでに自滅。

 

 

 

 

 

旧約聖書および新約聖書を通じて、「ヨブ記」ほど神の存在証明に関して論路破たんしていることが鮮明に露呈しているものはない、と申し上げても、おそらく過言ではないでしょう。

 

 

 

もっとも・・・

実際には旧約聖書の「神」自身、複数形(多神教時代の名残り)になったり単数形(唯一神教への移行)になったり、自分で創造しておきながら人間を滅亡させようとしたり、そのくせ人間を愛していると言ってみたり・・・

もう滅茶苦茶。

 

 

 

神学者(および聖職者)は、これを英知を尽くして、論理破綻しないよう宗教的解釈を構築していますが、人間は「他人を騙す」ときほど知恵を働かせることはないのと同様、根拠が希薄というより、独断と解釈する他はないレベル。

 

 

 

だからキリスト教は・・・

などと考えるのは正しい態度とは思えません。

神道に至っては、ただの「神様ごっこ」に過ぎないのですから。

 

 

 

天皇が神だというのなら、死ぬはずなどありません。

大嘗祭において「天皇霊」が正統たる継承者の肉体と合一することによって、はじめて天皇となる(歴史上、大嘗祭を執り行えなかった天皇のことを「半帝」などと称した。)という、これまで連綿と続けられた解釈なら、天皇を退位した方は「ただの人間」でしかありません。

 

 

 

最近の出来事を振り返れば・・・

人間サイドの都合で天皇になったり退いたり、しかも、そんなご都合が政治の世界で許すだの許さないのだのゴタゴタやっているレベルで、神聖性自体が疑われてしまいます。

 

 

 

付言すれば、「神様ごっこ」が神道の本質であろうとも、アザゼル天皇制を強く支持しています。

天皇の本質を、日本国における天下万民のための「祭祀王」だと考えるが故です。

 

 

 

 

閑話休題。。。

 

 

 

神学者が何を言おうと、聖職者が如何に説教しようとも

「神がいるというのなら、私に神を見せてみろ」

と問うたとき、例え、ローマ教皇(日本では法王が公式名称)でも、東方正教会の最高権威者であるコンスタンティノーポリ総主教でも、絶対に不可能です。

だって、現教皇も前教皇も、「私はまだ神を見たことがない」とおっしゃっているのですから。

(コンスタンテノーポリ(現イスタンブール)の総主教に至っては、トルコの法律に従い、若き頃は徴兵により軍務についていたという状況。)

 

 

 

「神の存在証明」

 

 

 

この問題について、紀元前の昔から、さまざまな証明(と称するもの)が行われてきました。

しかし、これも前述と同様、そのほとんどが存在証明というより、単なる思い込み、根拠を差し示すことのできない独断であると結論付けざるを得ないものでしかありません。

 

 

 

 だからといって

「そもそも神などいないのだ」

と短絡的に考えることが妥当であるといえるのか・・・

おそらく、この反証を差し示すことも不可能でしょう。

 

 

 

もとより・・・

超越的な絶対者たる神など、旧約聖書に登場する人間と同じような姿をした神など、どこにも存在しないのかもしれません。

 

 

 

それでも・・・

「神の定義」

を見直せば、あるいは経験的に神が存在することを、文字通り皮膚感覚で理解できるかもしれません。

 

 

 

ただ、そんなものは極めて俗人的なもの。

その他の者には、いくら言葉を尽くそうとも

「理解することができない」

ことは容易に理解できますよね。

 

 

 
いくら神に祈ろうとも

いくら神の言葉(聖書等)に従い正しく生きようとも

なぜ神は、奇跡も、そのお姿も、決してお見せにはならないのでしょう・・・

神は、どうして『沈黙』し続けているのでしょう・・・

 

 

 

一方で、神が沈黙し続けるからこそ、成立し得るモノが存在します。

「自然科学」

自然科学の存立基盤は、この「神の沈黙」を前提としています。

 

 

 

スピノザが唱えた汎神論のように、神は「自然」のすべて、つまり神羅万象たる宇宙全体のことだと主張しても、そこから発見できるのは、

自然法則」

のみ。

だからこそ、自然科学が成立し得る。

 

 

 

自然法則を超越する絶対者たる神が登場した時点で、すべての自然科学、数学も物理も化学も生理学も根底から瓦解してしまいます。

如何なる自然法則をも超越し(束縛されず)、己が意思のみによって世界のありようを如何様にもできる絶対者が存在することを、人間が獲得してきた自然科学の力で説明することなど絶対に不可能だからです。

 

 


存在するか否かともなく・・・

「神が沈黙し続ける」

ことを前提としなければ存在できない自然科学分野。

これが神の奇跡やら神の降臨やらがなければ意味をなさない信仰分野と親和性が高いわけがございません。

 

 

 

事実、カトリック教会(というよりローマ教皇庁)では、19世紀以降に急激に発達した自然科学の知見を背景として欧州で反教会主義が隆盛すると、その反発から非常に保守的な態度に終始しはじめます。

近代主義を採用し、現在に至るまで(確かに一部を緩和し、受け入れる姿勢をみせたものの)その基本的な態度は現代に至るまで変わってはいません。

 

 

 

しかも。。。

 

 

 

神が唯一絶対の存在ならば、我々の理解を遥かに超越した高次元の存在ならば、

「悪魔のような敵対者」

をわざわざ作り出す必要などあり得ませんものね。

それでも敢えて作り出したというのなら、それこそ前述の「ヨブ記」のとおり、神は変質者あるいは多重人格者もしくは性格破綻者、もっと正確に申し上げれば、統合失調症(かつての精神分裂症)を患った危険な存在になってしまいます。

 

 

 

神は何故。。。

 

 

 

中世欧州を暗黒時代へと誘った黒死病ペスト菌に感染することで発症。世界史上、何度も大流行し、最近では90年代にインドで流行しパニックが起きた。)

世界規模でのパンデミックを引き起こしたスペインかぜ(発生源は米国。世界規模での感染爆発へ。感染者は当時の世界人口の約30%に達し、死亡者は正確な統計が存在しないが約5000万人~1億人と推計されている。)

かのような疫病で人間が苦しみ死ぬことを良しとするのか。

 

 

 

しかも有史以来、人間のあるところ

戦争や騒乱

社会の矛盾や不正

暴力やいじめ

それらを根絶すどころか、ただ放置することを良しとするのか。

 

 

 

われら日本国民を恐怖に陥れ、罪もない人間を何万人も死に至らしめ、何十万、否、難百万もの人間の生活基盤を瞬時に奪った

東日本大震災

あのような自然災害が起こることを、ただ観察するだけに留まるのを良しとするのか。

 

 

 

神は「全知全能」ではないのか・・・

もし「全知全能」でないのならば・・・

そんなものが神であるはずがない。

 

 

 

人間の能力では推し量ることのできない

「神のみぞ知る」

ような深遠なものであったとしても、そこには

「人間にとって救いがない」

ことになるのだから、いずれにしても

「神は崇めるに値しない」

ものだと判断せざるを得ないことになってしまう。

 

 

 

「沈黙する神」

 

 

 

神学者は、この状況を英知の限りを尽くして

「言い繕ってきた」

神学者自体、神を見たことも、神の声を聴いたことも無い。

その言葉には、神秘主義に至ろうとも、神の意志など微塵も含まれてはいない。

 

 

 

さぁやっと、今日の本題。。。

 

 


異教徒に迫害される「義人」たち。

彼らは信仰に従い「正しく生きよう」とすればするほど、待ち構えているのは想像を絶するほどの異教徒からの責め苦であった。

 

 

故・遠藤周作さんの珠玉の作品「沈黙」

 

 

江戸時代の長崎およびその周辺地域。

踏み絵を迫られるキリスト教徒たち。

 

 

試される

神への忠誠の強さ

己の信仰心の強さ

 

 

異教徒に嬲り殺しにされるという極限の選択を迫られる状況ですら

「神は沈黙し続ける」

のは、なぜなのか・・・

 

 

彼らは咎人ではない。

むしろ義人である。

 

 

彼らが悲惨な最期を遂げようとする間際ですら、

「神は沈黙を選択する」

そして、多くのキリスト者を転向させ、殺した者が認められ、出世していくという現実。

 

 

これを「矛盾」とみるか。

それとも「当然」とみるか。

 

 

いずれも選択は可能。

立証することも反証することも不可能な命題を前にしたとき

どちらを選択するのかは、その人の判断に任せる他はありません。

 

 

 

「神は、なぜ沈黙し続けるか」

という命題以前に

「神は存在するのか」

という根源的命題すら

本質的に科学の分野で取り扱うべき問題ではあり得ません。

 

 

 

立証も反証もできないような「雲をつかむ」が如き命題は、論理空間(すべての論理的可能性が満たされた空間のこと)では有り得ても、意味を有しません。

論理空間でのみ可能性が見いだせる、現実には無意味な言葉の羅列でしか過ぎない・・・というのは言い過ぎでしょうか。

 

 

 

もちろん・・・

このような状況を前にしたとき、

「だからこそ、神は人間に自由意思を与えたもうた」

と解釈することすら可能でしょう。

しかしそれは、もう完全に神学レベルのお話でしかなく、現実世界では何の意味も持ちません。

 

 

 

そのとき。。。

 

 

 

思い出されるのは

「救世主(イエスのこと)の十字架上での最後の7つの言葉」

 

 

ちなみに、この『7』という数字

後々非常に重要な意味を持つのですが、今回はそのお話は割愛いたします。

なお、「ドイツ音楽の父」とも称される、ハインリッヒ・シュッツ(愛称:サギタリウス)(1585ー1672)の傑作にも「十字架上の七つの言葉」があります。

 

 

 

 

できれば音楽を再生しながら、お読みくださいませ。

 

 

 

①「父よ、どうか彼らをお許しください。

  彼らは自分が何をしているのか、分かっていないのです。」

  (ルカ23.34)

 

 

②「あなたに教えましょう。

  あなたは今日、私とともに楽園にいるのです。」

  (ルカ23.43)

 

 

③「ご覧なさい、あなたの子です」

 「ご覧なさい、あなたの母です」

  (ヨハネ19.26-27) 

 

 

「神よ

  神よ

  どうして私を見捨てられたのですか。」

  (マルコ15.34) ※(マタイ27.46)

 

 

⑤「渇いている」

  (ヨハネ19.28)

 

 

⑥ 「終わった」

  (ヨハネ19.30)

 

 

⑦「父よ、わが霊を貴方のみ手に委ねます」

  (ルカ23.46)

 

 

 

公会議において正典とされた4つの福音書

教祖であるはずのイエスの最後の言葉は、初心者なら困惑を覚えるほどに統一されていません。

 

 

 

堕落したユダヤ教を正そうとした改革者

ときには暴力の行使も厭わなかった革命家

すべての人類の原罪を背負って十字架にかけられた救世主

 

エスをどのように理解しようとも

彼の最後の言葉がバラバラであるのは・・・

 

 

 

余談ながら。。。

 

 

 

聖書研究における「二資料仮説」によれば、まず「マルコの福音書」が成立。

マルコの福音書(原マルコ)を参考に、それとは別にイエスの言行録(Q資料)も利用しつつ、マタイの福音書とルカの福音書がそれぞれ独立して編纂されたとされています。

 

 

 

第四福音書とも称される「ヨハネ福音書」は、磔刑に処されたイエスをマリアとともに看取った使徒ヨハネの手によるものとされていますが・・・

他の3つの福音書(共観福音書といいます。)とは内容自体が異なっています。

エスが完全無欠のスーパースターとして描かれており、救世主としての言行にも矛盾が少ないため、かのマルティン・ルター以来、特にプロテスタント各派では「ヨハネの黙示録」を重視する傾向が色濃く見られます。

 

 

 

しかし、「ヨハネ福音書」は、正典とされる福音書の中で最後に制作されたと考えるのが、ローマ・カトリック教会でも受け入れられている一般的な解釈です。

成立時期は、西暦120年~160年ごろ。

 

 

 

ヨハネ福音書」は、いわば原始キリスト教におけるロック・ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」のようなもの。

記者のヨハネ使徒ヨハネとは全くの別人)が原作である共観福音書をもとに、記者自身の思想に基づく大胆な創作を加えて完成させた、壮大な戯曲。

 

 

また脇道に逸れますが、1970年に発売されたLPレコード『Jesus Christ Superstar』は、ディープ・パープルのイアン・ギランさんをイエス役に迎え、なんとビルボード誌で年間アルバム部門1位を獲得。

ヨハネ福音書」も、福音書の中でもっとも説教がしやすいおかげで、聖職者の間では大人気というのも・・・

結局、人間って、全然変わんない(聖職者も一般人も同じな)のねって思えてきます。

 

 

 

おっと・・・

またまた閑話休題

 

 

 

ここで重要な言葉は、いうまでもなく

④「神よ
  神よ
  どうして私を見捨てられたのですか。」

 

 

 

でも間違えてはいけないのは、

「どうして見捨てたのですか」

という箇所が重要ではないこと。

 

 

 

大切なのは、呼びかけた対象が

「父」

ではなく

「神」

となっている点。

 

 

 

神の子であるはずのイエス

救世主であるはずのイエス

 

 

 

彼が救わんとした民衆から徹底した辱めを受けた後

占領軍であるローマ兵士の手で十字架に磔された後

最後に彼が絶叫して果てた、生前最後の言葉が

「神の子」としてではなく

「一人の人間」としてのものだった

それこそが大切なのです。

 

 

 

これは一般的に、全人類に課せられた原罪(アダムとイブが楽園で犯した罪)を彼一人が背負って自ら人間としての死を願ったが故・・・

などと解釈されております。

一方、少数ながら、それがイエスという人間の限界であったと解釈する向きもあります。

 

 

 

長々書いてまいりましたが、少なくともこれらのことが頭に入っていないと

「沈黙」

を理解することはおろか、何を言いたいのかを朧気ながらにも掴むことは・・・

かなり厳しいように思います。

 

 

 

「沈黙し続けることを選択する神」

 

 


それでもなお・・・

 

目の前で繰り返される凄惨な仕置

惨めに殺されていく仲間をみても

次は己が責め苦に遭うと思うても

 

信仰を捨てようとはしない強さは、何に起因しているのでしょう。

 

 

信じられないぐらいに無知だから?

生きていくことが苦しいぐらいに貧困だから?

 

 

おそらく・・・違う。

彼ら彼女らの心の底にしっかと根を張る『想い』があるからなのでは?

 

 

 

『神は、きっと・・・

 私たちの想いを聞き届けてくださり

 沈黙を破って、我らの前にご降臨くださる』

 

 

 

そう思わなければ、彼ら彼女らの恐ろしいほどの頑なさを説明することが、アザゼルにはできません。

信仰を捨てずに死ねば、楽園に行けると教えられたとしても、誰一人として実際に楽園に行けた人間を実際には見ていないわけなのですから。

 

 

「神の沈黙を破る」

 

 

その動機無しに、あれほどの頑なさをどう説明しようというのでしょう。

事実、潜伏中の司祭はこういったではないか。

『いつまでも、あなたたちを主は放っておかれはしまい。

 (中略)

 主はいつまでも黙っておられないのだ。』 

 (新潮文庫 P165)

 

 

 

しかし。。。

 

 

 

『沈黙』が出版されたとき

ローマ・カトリック教会から危険視されたことは記憶にとどめておいて良いと思います。

しかも、物語の場所とされた地域では、書店に並べることすら憚られたたほど。

 

 

 

それはそうでしょう。

だって

 

『切支丹が滅びたのはな、お前が考えるように禁制のせいでも、迫害のせいでもない。

 この国にはな、どうしても基督教を受け入れぬ何かがあったのだ。』

 

とまでいわれては。

 

 

で・・・

本稿の前段で神道は「神様ごっこ」だと申し上げたのですが、あれは余談などではなく、実は『沈黙』を理解するためには分かっておかなければならないこと。

 

 

 

『日本人は人間とは全く隔絶された神を考える能力を持っていない。

 日本人は人間を超えた存在を考える力を持っていない。

  (中略)

 日本人は人間を美化したり拡張したものを神とよぶ。

 人間と同じ存在を持つものを神とよぶ。

 それは教会の神ではない。

  (中略)

 たずさえてきた苗はこの日本とよぶ沼地でいつの間にか根も腐っていった。』

 

 

 

この神の変質化については、すでに日本で布教していた宣教師たちも気づいていたこと。(彼らは非常に多くの書簡を本国に送っていたので、彼らの考えや日本への侮蔑などが当時の資料として分かっています。)

故・遠藤周作さんは、それを下敷きにして、かくの如くお書きになったのでしょう。

 

 

 

もし本当に踏み絵のイエス

『踏むがいい。

 お前の足は今、痛いだろう。

 (中略)

 私はお前たちのその痛みと苦しみを分かちあう。

 私はそのためにいるのだから。』

と仰るというのなら、キリスト教は成立し得ません。

 

人間は、知らず知らずのうちに欲望やら邪心が芽生え、その誘惑の前に立たされています。

 

高慢「私は他の人間とは違う」

物欲「アレも欲しい、コレも欲しい」

妬み「アイツを追い落としてやりたい」

憤怒「ブッ殺してやるっ!」

肉欲「あの女を抱きたい」

大食「今日は喰うぞー!」

怠惰「やる気がしねぇ」

 

もし、弱き者の立場にキリスト(救世主)が立ってしまったら・・・

人間は『7つの大罪』を拒否することが困難になってしまいます。

キリストが、人間の行動規範を指し示す存在でなかったとしたら、斯様なものを信仰する理由など、何処にもないのですから。

 

 

 

賛否両論が噴出する作品、それが極端なまでに噴出する作品は、それが取り上げたテーマの本質あるいは深淵を取り上げていることの証左であるといえましょう。

特に「神」について考えることは、この「世界」そのものを考えることなのですから、その論点の広がりと深さは他に例をみないものと申し上げてもよろしいかと。

 

 

 

最後に。。。

 

 

 

「第三の男」を書いた故グレアム・グリーンさん

彼は「沈黙」をして20世紀で最も重要なキリスト教文学とまで評価しています。

 

彼はイギリス国教会からローマ・カトリック教会に改宗した転向者。

同時に共産党にも入党した共産主義者でもありました。

 

「信念をもって共産主義を信奉する者と

 信念をもってキリスト教を信奉する者には

 ある種の共通性を有する」

 

至言であると思います。

新日本プロレス : 内藤さんにナジられたヨシハシさん、異次元のカウンターパンチを放つの巻 ~我らのヨシハシさんは、期待を決して裏切らない!~

 

我らがヨシハシさん。

  彼のハートは決して砕けない。

 

 

 

そのことを証明したのは

世界のスーパースター中邑真輔さんを向こうに回しての異次元の攻防。 

 

 

 

 

 

すでに30歳半ば

でも、頭の中身は小学生レベル。

 

 

 

 

 

 

だからこそ、愛される。

だからこそ、信じられる。

 

 

 

そんなヨシハシさんをナジっちゃうKYな選手が一人・・・

内藤哲也さん、そのヒトである。

 

 

 

 

 

詳しくは、超人気ブログ『起業反逆者のプロレス論ブログ』をご参照あれぇ~

 

 

 

 

なるほど正論ですよね。

 

 

 

でも・・・

 

 いいですか

 

( ↑ 分かる人にだけ分かるネタ (* ´艸`)クスクス )

 

 

 

 

 

 

それは正統派プロレス・ファンの視点から見れば・・・

という前提がある場合。

 

 

 

ヨシハシさんフリークから見れば、まさに事実誤認。

だって内藤さんご自身が仰っていますでしょう

 

 

「もっと、頭を使えよ!」

         ↓

 そんなの無理ですっ!!

        (キッパリ)

 

 

そんなことをヨシハシさんに求めてドーすんの???

あんまり無理難題を突き付けちゃうと

日本銀行による異次元の金融緩和」

クラスのカウンターを喰らっちゃうわよ。

 

 

 

なんて思っていたら、サッスガ我らがヨシハシさん。

内藤さんからナジられた後に投稿した呟きがコチラ。

 

 

 

 

この異次元ぶりこそ、ヨシハシさんがヨシハシさんたる由縁。

相手の攻撃をかわすのではなく、攻撃されていることに一向に気付かずにやり過ごす。

 

 

 

いなすのではない。

意図的に無視するのでもない。

 

 

 

そもそも理解しようとも思わないし、理解することもできない。

そのままスルーしまくりの結果、ケイオスという居心地の良い場所を確保できた。

 

 

 

そう。

それはまるで 旧約聖書 創世記 第12章第7節

 

『主はアブラムに言われた。

 「あなたの子孫に、この地を与えよう。」』

 

にあるように、『約束の地』へと至ることは

神(主:アドナイ)により、あらかじめ決定されていたこと。

 

 

 

言い換えれば、人知を超えたところにヨシハシさんはすでに到達しているんです。

ヨシハシさんにかかっては、内藤哲也さんなんて、全然目じゃありません。

 

 

 

暖簾に腕押し

豆腐にくぎ

 

 

 

ほら御覧なさいな、ヨシハシさんの呟きを。

1600件以上の『いいね』が付いているのよ

 

 

 

アザゼルから言わせていただければ

 

「内藤さん

  ダッセー

   何マジになってんの?」

 

でございますよ。

 

 

 

えっ!?

内藤さんがヨシハシさんに「頭を使えよ!」と仰ったことについて

何かコメントしているみたい

 

 

 

 

 

ですよねぇ~

ですよねぇ~

 

 

失礼しましたぁ~

引退した豊田真奈美さん レスラー時代の後遺症が悪化し、歩くこともままならず、現在は無職で貯金を切り崩す日々・・・ ~豊田真奈美さんのファンだった独身男性諸氏! 豊田さんに「貴方を生涯支えたい」と申し込むチャンスだよ!~

 

 

 引退後の生活は一変。

体を酷使したことによるプロレス後遺症に苦しみ、体調が悪く歩くのもままならないという。

週4日、整形外科へ通院。

骨折して6本のボルトが入ったままの肩は思うように上がらず、靱帯(じんたい)が切れたままの膝もグラグラな状態だという。

 

 

コレって・・・

要介護の状態なんじゃ・・・

 

 

さぞお辛いことでしょう。

日常生活がままならないなんて・・・

 

 

現在は、居酒屋さんを経営することを目指して頑張っているんですって。

 

 

 

なれば・・・

 

 

 

豊田さんのファンだった独身男性諸氏。

 

今がチャンスじゃん!

 

 

 

「もう充分に闘ってきたじゃないですか。

 これからは、僕に貴方を支えさせてください。」

 

 

 

「まともに歩くこともできないのに

 ここで無理したら、本当にあるけなくなるぞ。

 レスラー時代、無理をすればケガの直りが

 ドンドン遅くなることは嫌というほど分かっているでしょう。

 今は、自分の治療に専念してください。

 貴方の治療費と生活費ぐらい、僕がなんとでもします。」

 

 

 

言っちゃいなさいよ。

「困ったときに支える者こそ、真の友」

という言葉があるぐらいなんだから。

 

 

 

男と女の間には、友情はない。

あるのは愛情だけ。

 

 

 

だからこそ、天壌無窮のを叫ぶんだ!

恥ずかしがるんじゃない。

気持ち悪がられるかもなんて、恐れるんじゃない!

自分という存在を賭けて戦うんだ

運命の糸を手繰り寄せるために。

 

 

支え合うから「人」

かけがえのない存在だからこそ「夫」

 

 

愛の形はさまざまよ。

最初はおカネがらみでもイイじゃない。

 

 

 

も。。。

 

 

 

そもそも、記事の内容は本当なのかしら?

そういうときは、ご本人の呟きを確認するのが一番。

 

 

 

 

 

あれ。。。

引退後の生活をエンジョイしておられますぞ。

 

 

 

 

 

えっ!?

歩けないとかかかれていたのに大型バイク、しかもハーレーダビットソンでツーリング???

 

 

 

 

 

ポジティブ・・・じゃないですか!?

無気力とか・・・あの記事、なんですか???

 

 

 

 

 

あれ?・・・

悲壮感なんて皆無なんですけど・・・

 

 

 

 

 

わぉ!

いきなりフェイク番宣の予感!

 

 

 

 

 

おいおい・・・

またTV・・・

テキトーに編集してフェイク垂れ流しですか?

 

 

 

 

 

やっぱり、フェイクでしたぁ~

これだからTVって信用できないんですよねぇ~

 

 

 

いうわけで。。。

 

 

 

豊田真奈美さんの独身男性諸氏・・・

誠に申し訳ござらん。

 

諦めてくだされぇ~

作家 萱野葵さんを襲った非言語性学習障害という現実 ~日本の「引きこもり」の実数は数百万人規模・・・実は、自分の努力ではどうにもならない発達障害が主な原因だったのかもしれない~

 

 

1997年に新潮新人賞を受賞、著作の『ダンボールハウスガール』が米倉涼子主演で映画化もされた小説家・萱野葵氏を襲った危機。生活のために始めたアルバイトは失敗ばかりで、どれも長続きしない。

「言語性知能」と「動作性知能」のギャップに、その謎を解く鍵があった。

 

 

新進作家として一時注目されながらも、その後は重度のスランプに陥り書けなくなる。

その後、彼女が直面した現実は、余りにも残酷なものだった・・・

 

 

1997年に小説家としてデビューしたが、2001年にはすでにピークが来ているのを感じていた。

正確には、書けないというのではない。

書いても「これは行ける!」という感覚がなくなってしまったのだ。

完全なスランプだった。

 

しかし、一生、小説だけで生きていける人間など一握りだ。

私は小説を書くのをやめ、世間の人と同じように働くことにした。医療事務、警備員、牛丼屋店員、スーパー、受付、その他いろんなジャンルの仕事をしてみた。

 

 

そのすべての仕事で

 

「使えない!」

 

として、戦力外通告

 

 

決して怠けているわけではないのに・・・

職場では「何やってんだ!」と罵倒され続ける・・・

 

 

 

「どうしてそんなに仕事ができないの? 

 あなた本当に大卒なの? 

 私は高卒だけど、あなたよりずっと仕事できるわよ」

と言われ、私は俯くしかなかった。

 

 

 

 

 

して。。。

 

 

 

誰にでもできることが自分にはできない。

もう何かがおかしいとしか思えなかった。

 

私はとうとう、病院の門をくぐった。

 

 

その結果・・・

 

 

私は言語性知能が114と、平均より高かった。

ところが、動作性知能は平均をはるかに下回り、「境界例」である74。

動作性知能のうちの「処理速度」に至っては66で、「軽度知的障害」のレベルであった。

 

両方を合わせた全体的な数値は96と「平均値」に収まっていたが、あまり意味はない。

大事なのは、言語性知能と動作性知能の差が40もあるということだ。

 

 

診察した医師には軽く受け流されてしまった。

 

 

大学時代から続く「戦力外」体験に私は自信を失い

引きこもりのようになってしまっていた

 

 

それでも、彼女はあきらめなかった。

 

 

東京都にある発達障害者のための支援センターで

自分の状態を話し、相談に乗ってもらった

 

 

その結果・・・

 

 

「言語性知能と動作性知能の差が40もあったの! 

 それは生きるのがしんどかったね」

 

私の話を聞いた相談員は、驚いてそう言った。

 

 

発育障害。

その原因は脳の機能障害にあるため、自分でどれだけ努力しても改善することは不可能。

(要するに、生き方を変えるしかありません。)

 

 

アザゼルアスペルガー症候群に苦しんでいるので、彼女の苦しみは決して他人事ではありません。

 

 

「一流大学を出ても使えないやつw」

 

 

そんな声の下で苦しんでいる方って、少なくないような気がします。

 

 

 

病院で診察してもらうこと

支援施設に相談すること

 

 

 

実は、かなり勇気のいることなんです。

自分で自分を否定するような気がして。

 

 

 

もね。。。

 

 

 

自分一人で苦しんでいるだけでは、それはまるで地獄。

専門の相談員に頼るのは、恥でも屈辱でもありません。

音楽 : 「幸せな音楽」を聴くと・・・創造性をたかめてくれるんですって ~でもね、何に「幸せ」を感じるのか、なんて十人十色。要するに自分が楽しくなる音楽を聴けばイイんじゃない?~

 

 

 

【引用開始】

作業に集中したいときに音楽を聴くという習慣がある人は多いものですが、音楽が「創造的な」思考能力に及ぼす影響を調べた実験から、「幸せな音楽」が効果的である可能性が指摘されています。

 (中略)

各タイプ別に選ばれた曲は以下の通りです。

 

・静かな音楽:カミーユ・サン=サーンスの「Le cygne(白鳥)」


・幸せな音楽:アントニオ・ヴィヴァルディの「The Four Seasons: Spring(四季の中の「春」)」


・悲しい曲:サミュエル・バーバーの「Adagio for Strings(弦楽のためのアダージョ)」

 

・不安な曲:グスターブ・ホルストの「The Planets: Mars, The Bringer of War(火星、戦争をもたらす者)」

 

思考力は「収束的思考」と「拡散的思考」の2種類について調べられました。

複数の情報を集めて正しい答えにたどり着くのを競う収束的思考力からは、作業における論理的思考力や正確性を、既存の情報をもとにこれまでにない新しい発想でアイデアを生み出す拡散的思考力からは、作業における創造性を調べる目的で実験が行われたとのこと。

 (中略)

なぜ「幸せな音楽」だけが創造性に効果をもたらすのかについては解明されていませんが、研究者は脳の報酬系が放出するドーパミンが関係しているのではないかと推察しています。

【引用終了】

 

 

 

「幸せな音楽」の定義を一様に定めることなど、現実には不可能でしょう。

だって、何に「幸せ」を感じるのかって、人それぞれなんですもの。

 

 

 

例えば、メタル系の音楽好きには怒られそうですが、アザゼルにとってメタルなんて、馬鹿みたいに大きな音のノイズ以外何者でもないんですもの。

(一部例外アリ)

 

 

 

なみに。。。

 

 

 

アザゼルが苦手というか、受け付けないのが・・・

 

  

 

 

ももいろクローバーZ」自体が嫌いなんじゃないんです。

あのファンの・・・

特に中高年のファンの方々の異様な風貌が・・・

ご勘弁してくださいませ。

 

 

 

 

 

 彼らの作品が嫌いじゃないんです。

例えば、YOSHIKIさんのドラムとか

 (* ´艸`)クスクス

 

 

 

全盛期の「お姿」が・・・

ヴィジュアル系・・・

何、あのイロモノ・・・

ご勘弁してくださいませ。

 

 

 

 

 

何が良いのか、マジで分かりません。

そもそも、メタル・・・なの?

最初、コミックバンドかと思いましたぞ。

 

 

 

ご批判は甘んじてお受けいたします。

こちらからコメントする気はございませんが・・・

是非、なぜ素晴らしいのか教えていただけると幸いに存じます。

 

(*- -)(*_ _)ペコリ

 

 

 

閑話休題

 

 

 

要するに、楽しくなってくる音楽を聴けば

創造性を高めてくれる。

 

ということは・・・

 

創造性を要求される仕事の場合

仕事の最中に音楽を流すのは理に適っている

ってわけですよねぇ~

 

(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪

 

 

 

アザゼルの職場でも流してくれないかしら?

靖国神社で「きけ わだつみのこえ」を読む ~散華することを強要される異常かつ理不尽な時代に生きた者の言葉(手記)を読むとき、その悔しさを想い、頬に涙が流れる~

きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)

 

 

この記事を書こうと思ったきっかけは

非常にツマなぬこと。

 

「東大生は戦争に行かなかった。

 あいつら、優遇されていたから。」

 

そんな会話を電車の中で聞いたとき、

 

「フザケンナ!

 何も知らないくせに、軽々に戦争を語るな!」

 

思わず言い放ってやろうかと思った。

 

 

 

東京大学(旧東京帝国大学)の学生には
卒業前に学徒出陣で硫黄島で戦死した方だっていらっしゃるんだ。

 

 

 

恐ろしいほどの無知蒙昧。

この程度の浅薄な知識しか持ち合わせていない愚かな輩が戦争を語るとは・・・

我が日本も地に堕ちたといえよう。

 

 

 

そんなこともあり。。。

 

 

 

現在、徳川宮司の行動が様々な波紋を呼んでいる「靖国神社

隠れて「きけ わだつみのこえ」を読んでみた。

 

 

 

きけ わだつみのこえ

 

 

 

学徒出陣による戦没学生の手記を集めた、およそ日本人であることを自覚する者ならば、一度は手に取ったことがあるであろう。

 

 

 

掲載順に、少しだけ登場される方々を挙げさせていただく。

 

 

 

上原 良司(うえはら りょうじ)

 

長野県出身

慶應義塾大学 経済学部

沖縄県嘉手納湾沖にて特攻隊員としてアメリカ艦船に突入戦死

二十二歳

 

 

 

石神 高明(いしがみ たかあき)

 

鹿児島県出身

東京帝国大学 文学部(卒業)

中国戦線にて戦死

二十五歳

 

 

 

吉村 友男(よしむら ともお)

 

岐阜県出身

早稲田大学 文学部

フィリピン沖にて戦死

二十二歳

 

 

 

大井 秀光(おおい ひでみつ)

 

東京都出身

東京帝国大学 理学部(大学院時代に入営)

中国戦線にて戦死

二十六歳

 

 

 

目黒 晃(めぐろ あきら)

 

宮城県出身

東京帝国大学 文学部

中国戦線に従軍中、戦病死

二十四歳

 

 

 

竹村 幸一(たけむら こういち)

 

秋田県出身

東京帝国大学 農学部(卒業)

中国戦線にて戦死

二十四歳

 

 

 

その他

京都帝国大学東北帝国大学九州帝国大学筑波大学(旧東京高等師範)、東京藝術大学(旧東京美術)、明治大学中央大学同志社大学日本大学東京理科大学

等々

 

東京帝国大学では、法学部、医学部のご出身者も登場する。

 

 

 

興味深かったのは、

 

上村 元太(かみむら げんた)

 

三重県出身

中央大学 法学部

 

大激戦地となった沖縄県で戦死されるのだが、入営時に幹部候補生試験を受けることとなったとき、彼は口頭試問で少佐ら将校らを前に、なんと次のような論陣を張るのである。

 

 

「敵国である米国は、民主主義を謳歌しており、

 愛国心の面でも我が国に決して劣らない。

 この戦争で勝てる見込みは非常に薄い。」

 

 

一歩間違えれば・・・

よくぞ、ここまで論じ切る覚悟を持っていらっしゃるものだ。

 

 

挙句に

 

「米国では、人生をエンジョイしており・・・」

 

と言いかけたところで、堪らず少佐が

 

「敵性国語を使うのは」

 

と突っ込まれると、彼は

 

「英語廃止など無意味な政策」

 

と切って捨て、さらに国家総動員法の問題点まで指摘するのである。

 

 

 

ここまで痛快な男子もいたのだと、素直に感心してしまった。

そんな彼がこの世で書き残した最後の言葉は

 

 

「不幸者だったかもしれないが、

 いつでも母のことを忘れたことはありません」

 

 

 

一方、米国から「バカ」呼ばわりされた特攻隊に選抜された方々の言葉

 

 

 

林 市蔵(はやし いちぞう)

 

福岡県出身

京都帝国大学 経済学部

特攻隊員として沖縄県沖にて戦死

二十三歳

 

 

かあちゃんが必死に育ててくれたことを思うと

 何も喜ばせることもできずに

 何も安心させることも出来ずに

 死んでいくことがつらいです。」

 

 

 

大塚 (日に成)夫(おおつか あきお)

 

東京都出身

中央大学

特攻隊員として沖縄県嘉手納湾沖にて戦死

二十三歳

 

 

「はっきり言うが、

 俺は好きで死ぬんじゃない。

 何も心に残るものなく死ぬんじゃない。」

 

 

 

和田 稔(わだ みのる)

 

愛媛県出身

東京帝国大学 法学部

回転特攻隊の訓練中の事故で殉職

(補足:人間魚雷とよばれた回天では、出撃前に事故死する例が多発した)

二十三歳

 

 

「私に今ほしいのは

   平和な時代に流した涙と同じ涙なのだ」

 

 

 

林 憲正(はやし としまさ)

 

愛媛県出身

慶応義塾大学 経済学部(卒業)

特攻隊員として本州東方沖にて戦死

 

 

「私は今宣言する!

 帝国海軍のためには、戦争はしない。

 私が死ぬとすれば、それは祖国のためであり

 極言すれば、私のプライドのためだ。」

 

 

 

戦場に「英雄」なんかいない。

戦場にあるのは平和なときには考えられない

狂った状況が支配する異常さだけだ。

 

 

 

本来ならば祖国の将来を担っていく

貴重な人材ともいうべき若い人から死んでいく

 

 

 

老いた人から死んでいくという「自然の摂理」に反する

そんな散華することを強要される異常かつ理不尽な時代

 

 

 

最前線で死んでいった方々の言葉には

日常的に死と隣り合わせに生きねばならない状況下という

「極限」とも表現すべき時間の中で記した人間の記録であることを忘れてはならない。

 

 

 

 

何が「祖国に誠を捧げた英霊」だ。

安穏と平和な日々を享受する人間が、軽々に散華された方々を語るな。

 

 

 

どうしても生きたかった「明日」という日を迎えられなかった

その悔しさを思うとき

国家的に戦争を正当化するための装置として設立された靖国神社

私は涙を抑えることは出来なかった。

新日本プロレス : リアル・ラブライバー岡さん、オカダさんと超ド級の抗争ネタ降臨!! ~オカダさんから「三森すずこ」さんを取り返んでしょ!? テロ行為しちゃうんでしょ!?~

まずは、コチラをごらんあそばせ。

 

 

観てきたのはミュージカルなのですが、三森すずこさんの殺陣に圧感、騒然、感動!


「最年長だから頑張らないと!」

 

と言ってましたがビシビシ伝わってきたよ!!

 

みもりん♡♡♡

 

 

 

 そして・・・

こんな呟きまで

 

 

 

 

 

このブログを更新した、わずか数日後・・・

 

 

オカダさんとみもりんの熱愛発覚!!

 

 

 

ると。。。

 

 

 

岡さん・・・

 

なんと!

ご自身の呟きのデザインどころか

ご自身のプロフィール、さらにはアイコンまでマジで書き換えちゃった!!

 

 

 

 

新しいアイコン・・・

どうみても

『ハリウッド・ザ・コシショウ』さん

なんですが・・・

 

 (´・ω・`)ショボーン

 

 

 

うなったら。。。

 

 

 

やることは、たった一つだけ。

 

テロリスト岡さん、爆誕!!

 

 

 WWEも真っ青の抗争アングル

 

 

オカダさんが命の次に大切なフェラーリスレッジハンマーで破壊。

その破壊場面は、有料会員限定で新日本プロレスワールドにて絶賛放映。

 

 

 

        (動画はイメージです)

 

 

 

岡さん

お笑いながら

オカダさんの大切な大切なクルマを躊躇なく破壊

 

 

 

岡さんに詰め寄るオカダさん。

        (動画はイメージです)

 

 

 

らに。。。

 

 

 

2月10日

大阪大会のメインイベント

 

IWGPヘビー級タイトルマッチ

オカダさん vs. SANADAさん

 

 

 

オカダさんの入場シーン

 

イキナリ岡さんが乱入

オカダさんを木づちで繰り返し殴打

 

        (音声はイメージです)

 

 

 

挑戦者のSANADAさん

なんなくIWGPヘビー級タイトルを奪取!

 

 

 

すっごいメガトン級の抗争ネタじゃないですか。

岡さん、藤原さんが飛躍したきっかけとなったテロリスト

やるしかないでしょ。

 

 

 

やっちゃってください。

プロレスの明日のために・・・

【96/24 HQ SOUND USB】ON the ROAD (JAZZ) Limited Editionの高音質を楽しむ ~音源(河川でいう水源地)が良ければ、同じシステムでも素晴らしい音を紡ぎ出す~

[96/24 HQ SOUND USB] ON the ROAD (JAZZ)

 

 

 

この商品、再販はされないので現在では入手困難となっています。

リンク先のアマゾンのページに飛んでも、品切れで買えません。

 

 

 

 

おそらくアンマリ売れなったと思います。

さほど名盤と評価されない作品をオムニバス形式で集めたものですし、なんせ定価が7万円を超えるという価格設定なんですもの。

 

 

 

アザゼルは、ただ純粋に良い音が欲しいだけの自称『音女』

この商品も・・・手に入れちゃいました。

 

 

 

この商品の面白い点は、明確に

『個人の利用の範囲なら、コピーしちゃっていいよ』

と宣言していること。

こういった宣言をしている商品、実はほとんどありません。

 

 

 

なみに。。。

 

 

 

CDのリッピングは、正当な所有者である個人の利用の範囲なら問題ない、という認識が正しいとは言えません。

何故なら、音楽メーカーによっては、リッピングは禁じる旨の規定を置いているケースも実際にあるからなんです。

 

 

 

「チャンとお金を出してCDを購入したのに・・・

 そんなの音楽メーカーの横暴だ!」

と叫ぶのは、むしろ、権利を正確に理解していないおそれがあります。

CD購入者が有している権利は、音楽作品の個人的な範囲に限定された利用権のみだからです。

 

 

 

利用の範囲を限定する権利は著作権者らにある一方、著作権法および判例により個人的利用の範囲なら許容されるとなっており、CDのリッピングはグレーゾーンとなっている可能性が否定できません。

 

大手音楽メーカーが販売しているリッピング装置(お高いですよ(* ´艸`)クスクス)を購入して実行しようがしまいが、リッピングという行為の責は当該個人が負うので、アザゼルリッピング等の行為はしません。

 

 

 

。。。

 

 

 

この商品、購入して自宅の音楽用外部記憶装置(←敢えて固く書いてみました)に音源をコピー。

PCを経由して、DAC真空管アンプ → スピーカーという流れで聞いております。

 

 

 

PCの電源は安定化装置から供給。

USB周りもIFIの製品群を直列的に接続し、多重使いで徹底的に音質をコンディショニング。

 

 

 

出てきた音は・・・

素晴らしい。

ホントに素晴らしい。

 

 

 

アザゼルはモニター系の音が好みなんです。

だから、スピーカーが一発だけの帯域の狭いフルレンジ系の音は苦手。

 

 

 

高音域・中音域・低音域ともに、一音ごとがダマにならず、しっかりと粒状に分離されている。

それなのに高音域が耳に耳に刺さらず、低音域もしっかり出ている、そんな音が大好き。

 

 

 

今回は、それが実現できたんじゃないかしら・・・

自画自賛・・・

 

 (;^_^A

 

 

 

はいうものの。。。

 

 

 

こういう古い音源を基にした商品の場合、マスターテープが存在していない場合も少なくありません。

しかも、記録されているマスターテープの品質にも大きく左右されちゃいます。

 

 

 

むしろその前に、リマスタリングを担当するミキサー(ミキシング・エンジニア)の技量次第でダメダメな商品と化してしまうケースも、実は少なくありません。

 

例えば、アザゼルが購入して泣きそうになったビートルズのリマスター版とか・・・

ローリング・ストーンズも・・・

アレも・・・

コレも・・・

一体、いくら無駄にしたことか・・・

 

 

 

アザゼルは、基本的にリマスター版を購入するときはセット買いするので、失敗すると一回当たり数万円が消えちゃうんです ( ノД`)シクシク…

ちなみに・・・あのビートルズのリマスター版・・・世間でも評判悪かったのを覚えています。

 

 

 

ミキシング・エンジニアの技量って、ホントに差が大きい。

収録された音源には、その技量の差がストレートに反映されるので、すぐに分かります。

 

 

 

海外のアーティストの場合、スタジオではレコーディング&ミキシング・エンジニアとだけ仕事をする、と一般にいわれているほどなんです。

だから、そのエンジニアの技量次第で収録された音がマジで変わっちゃうんです。

 

 

 

海外(というか米国)では、腕の悪い(というかアーティストの求める音が紡ぎ出せない)エンジニアだと、すくに首にする(マジでスタジオの現場で言い放つケースあり)こともある・・・

 

その一方で、

「アイツ、腕がイイぞ!」

と評判が立てば、どんどん仕事が来るようになる。

厳しい世界ですよねぇ~

 

 

 

今回の商品は、エンジニアの技量が非常に高かったんだろうなと思います。

不自然に感じるところは、特に見当たりませんでしたもの。

 

 

 

だし。。。

 

 

 

この商品、気を付けないといけない点があります。

 

SDメモリにコピーしようとすると・・・

自動的にロックがかかる仕掛けがなされていること。

 

 

 

この説明が全くなったので

アザゼルは128GBのSDメモリを1枚

完全に使用不能にされちゃいました・・・

 

 ( ノД`)シクシク…

 

 

 

要するに・・・

自宅で聴くのは認めるよ。

だけど、持ち運ぶ(=転売できる)形式にするのは認めないぞ!

ってことだと思うんですが・・・

アザゼルが転売なんかするもんか!

 

 

 

あのSDメモリ・・・

音楽専用だったから・・・

スッゴク高かったのに・・・